リンゴの木は、繊細で儚い
革秀寺から岩木山神社を目指して車を走らせていた時、岩木山が近付くにつれて眼前に広がってきたのが、弘前ならではの田園風景でした。傾斜の緩やかな山裾の道の周りにあるリンゴ畑です。ちょうど秋の収穫期で、赤、ピンク、黄、緑色のリンゴがたわわに実をつけていました。「青森の木」といえば、まずリンゴの木を挙げるべきでした。
岩木山を借景にしたリンゴ畑の前に車を停めて、少し歩いてみました。農家さんが木からリンゴを丁寧に摘み取って、かごに入れていました。私たちが挨拶をすると、「どうぞ持っていって」と、持ちきれないほどたくさんのリンゴを手渡してくれました。
青森のリンゴ収穫量は全国の6割以上を占めています。収穫量だけでいえば、アメリカはその約10倍、中国は約100倍で、世界的に見れば微々たるものです。ただ、その品質は世界一です。
きっちり剪定された枝や、リンゴの色ムラをおさえるために木の下に敷く反射シートなどに、きめ細やかな技術と気遣いが表れています。私は一年のうち数か月をバンコクで過ごしていますが、スーパーで売られている中国産のリンゴの値段を100とすると、アメリカ産は150、日本産は300から500と値段に大きな開きがあって、いつも不思議に思っていました。実際に青森のリンゴ畑を見て、その差に納得しました。
ところで、リンゴの木は儚いものです。甘い香りの繊細な花は桜にも勝ると思いますが、木が立派な果実をつけるのは20年ほどの間で、農園では樹齢20年以上の木はほとんど伐採して、新しい木に更新すると聞きました。
たとえ切られずに残ったとしても、一般的な寿命は60年程度です。つがる市には1878年に栽植された日本最古のリンゴの木があると聞き、行ってみたいと思いましたが、あいにくこの日は農園が閉まっていて、見ることはかないませんでした。1878年というと樹齢約140年で、樹木全般から見れば決して古いとはいえません。きれいな花からおいしいリンゴの実をつける木は寿命が短く、偉大なる「カムイ」には育たない哀れな宿命です。
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