ディープ・ニッポン 第8回

青森(4)ランプの宿、薬師寺の石割カエデ、十和田八幡平公園、城ケ島大橋、八甲田、ブナ二次林、中町こみせ通り、盛美園、夕焼けの岩木山

アレックス・カー

青森は日本のニューイングランド

 薬師寺を後にして、八甲田山のある十和田八幡平国立公園のエリアまで車を走らせます。八甲田山とは大岳を主峰とする十八の火山連山の総称です。すっきりとした秋映えの空の下に、紅葉で赤や黄色に染まった山々が見えてきました。一部に杉植林もありましたが、ほとんど目立たず、秋色に染まった柔らかな山の稜線は、私にアメリカ東部ニューイングランドのバーモント州を思い出させました。かねてから私は、北海道を日本のカナダになぞらえていましたが、青森は日本のニューイングランドといえるかもしれません。

十和田八幡平国立公園

城ヶ倉じょうがくら大橋」という大きな橋梁のたもとにある駐車場に車を停めて、橋の上から雄大なパノラマを眺めました。この橋のアーチ支間長は255メートルで、日本一だそうです。何よりすばらしかったのは、橋以外の人工物が一切ないことで、橋からは紅葉の山々が果てしなく広がり、そのはるか遠方には岩木山いわきさんがそびえていました。

城ヶ倉大橋からの眺め

 下方の城ヶ倉渓流は、護岸工事が施されていない自然のままの流れになっています。奥入瀬おいらせといい、自然のままの景色は、いまや東北でないと見られないものなのでしょう。

 橋上でしばらくたたずんだ後、八甲田山エリアに向かいました。

八甲田山道中の眺め

 最初に訪れた「地獄沼」は、白いブナやカバの木に囲まれたパステルグリーンの池が絵画のようで、一見、小天国です。しかしその名に偽りはありません。この池は約800年前に火山活動によってできた火口池で、この明るいパステルグリーンも毒の証です。沼の中は90度の熱湯が絶えず沸き上がり、水質も強酸性で魚は生息できません。

地獄沼

 このあたりの湿原には、池や沼が点在しています。中でも特に景色のきれいなところが「睡蓮沼すいれんぬま」です。水連沼は火口池ではないため、水面の色は普通の青さです。睡蓮は見当たりませんでしたが、看板によればこの池にはスイレン科の草が生えていて、そこからこの名前が付いたとのこと。池の周りに植生するアシを囲い込むように、マツの一種、アオモリトドマツが繁っていました。遠方には八甲田の五つの峰々が横並びでスカイラインを描いており、主峰、大岳の山頂は雪で白くなっていました。

睡蓮沼

 睡蓮沼から十和田湖方面へ抜けていく道路沿いの眺めは実に心が洗われるものでした。細く背の高いブナ林が延々と続き、頭上ではブナの枝と枝が折り重なった木のトンネルができています。

ブナ二次林 道路風景

 このあたりのブナは高さはあるものの、どれも樹齢が数十年という若い木ばかりです。杉植林のように等間隔で植え付けられているわけではありませんが、スラッとしたブナの木が高密度で集まっている光景は洗練されたもので、植林のような、自然林のような、どちらともつかない不思議な雰囲気を醸しています。

次ページ 自然の摂理と人間の手がもたらした奇跡の森
1 2 3 4
 第7回
第9回  
ディープ・ニッポン

オーバーツーリズムの喧騒から離れて──。定番観光地の「奥」には、ディープな自然と文化がひっそりと残されている。『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』のアレックス・カーによる、決定版日本紀行!

関連書籍

ニッポン巡礼

プロフィール

アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。
集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル
プラスをSNSでも
Twitter, Youtube

青森(4)ランプの宿、薬師寺の石割カエデ、十和田八幡平公園、城ケ島大橋、八甲田、ブナ二次林、中町こみせ通り、盛美園、夕焼けの岩木山