青森(4)ランプの宿、薬師寺の石割カエデ、十和田八幡平公園、城ケ島大橋、八甲田、ブナ二次林、中町こみせ通り、盛美園、夕焼けの岩木山
アレックス・カー
2024.2.13
自然の摂理と人間の手がもたらした奇跡の森
一帯は「ブナ二次林」と呼ばれる区域になります。しかし、ブナ二次林は人間が意図的に植林したものではなく、特殊な環境の中で成立したものということです。
ブナは「更新」(世代交代)の難しい樹木で、種子を供給する「母樹」の種子が豊作を迎えるのは六年から七年に一度だけになります。もしその間、何らかの理由でブナ林を伐採してしまうと、明るくなった林床はすぐ笹に覆われます。そうなると種子が地上に落ちても、その笹が光を遮断して、ブナの苗木は育たずに死んでしまいます。
周辺はかつてブナの自然林でしたが、大正から昭和初期にかけて馬や牛の放牧のため広範囲にわたって伐採が行われました。ブナに代わって繁った笹は、牛馬の餌になります。少しの期間であれば笹もすぐに回復しますが、長年牛馬の餌になったことで、笹は土地から完全になくなりました。
次に、時代とともに牛馬育成のニーズがなくなったことで、牛馬がこの土地から姿を消しました。そして、牛馬に木陰を与える目的で、ところどころに残されていたブナの高木(日陰木)が、数年後に母樹となって一気に大量の種が撒かれました。その苗が笹に邪魔されることなく大きく育ち、現在の二次林になったのです。
(参照:奥入瀬フィールドミュージアム ナチュラリスト講座「若きブナ林が生まれるまでの物語」)
ほとんどが同じ樹齢のブナが整然と並んでいる様は、人為的な植林の眺めではありませんでした。一方、伐採と放牧は人間の手によるものです。すなわちブナの二次林とは、自然の摂理と人間の手がもたらした奇跡の森なのです。
オーバーツーリズムの喧騒から離れて──。定番観光地の「奥」には、ディープな自然と文化がひっそりと残されている。『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』のアレックス・カーによる、決定版日本紀行!
プロフィール
アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。