ディープ・ニッポン 第8回

青森(4)ランプの宿、薬師寺の石割カエデ、十和田八幡平公園、城ケ島大橋、八甲田、ブナ二次林、中町こみせ通り、盛美園、夕焼けの岩木山

アレックス・カー

マツは300年、ケヤキは400年

 白神山地へ向かう途中、弘前より12キロ東にある黒石市の「中町こみせ通り」に立ち寄りました。櫓が立っている古い消防屯所や、国の重要文化財に指定されている商家の高橋家住宅など、この地の伝統的な建物が、数ブロックにわたって並んでいます。なにより印象的なのは、道沿いに並ぶ商家の横に付随している外部廊下です。廊下にはアーケードの原型のような木造りのひさしが付いており、それがこの地では「こみせ」と呼ばれています。雪の多い青森の町の工夫です。

 こみせ通りは、重要伝統的建造物群保存地区に指定されており、近年は電線の地中化と道路の整備が行われました。

 かつて銭湯だったところは「松の湯交流館」として再生され、外側の柱の間には、ねぶた祭に見られるような、鍾馗しょうきや竜を退治する雲の絶間姫たえまひめなど神話の人物の絵が張ってあります。

 松の湯交流館の前に、樹齢300年以上という立派な枝振りのマツが立っていました。昔のモノクロ写真にもしっかりと写っている、堂々たるマツです。「前」と書きましたが、正確にいうと、マツは外部廊下より内側の場所に立っており、そのマツのために建物と屋根がセットバックされていました。その様子だけで、土地の人々がこの木をいかに大事にしているかが分かります。

 古木や巨木が伐採されている現代の日本では珍しい光景で、町を整備した時に、そのような配慮がなされたことはすばらしいと思いました。

 しかし、このマツの写真を撮ろうとした時に、カメラの画面に美しく収めることは、どうしてもできませんでした。それは真横に大きな電柱が立っていたからです。ここは電線地中化の対象エリアから、はずれてしまったのでしょうか。せっかく町をあげて景観を整えている中、観光のメインスポットにあるシンボルツリーの真横に電信柱がある。ああ、日本の町並み!

中町こみせ通り

 その後、黒石市に近い平川市の「盛美園せいびえん」にも、大ケヤキを目的に立ち寄りました。庭園の駐車場横には、十本のケヤキが二列で並ぶ歩道があります。その樹形が作り出すゴシックアーチが、ケヤキ特有のワインレッドに染まっていました。

盛美園 ケヤキ並木

 庭園がどのような作りになっているか、入り口からはイメージできませんでしたが、園内に一歩入ると、そのすばらしさに圧倒されました。敷地面積約1万2000平方メートルの盛美園は、明治35年から44年にかけて造営された名園で、明治時代の三大庭園の一つにも数えられています。その庭を眺めるための館として、明治41年に建てられた「盛美館」が庭園の一画にあります。障子戸の並んだ数寄屋造りの「和」な一階に対して、二階はルネッサンス様式を用いた「洋」の六角形ドームと尖塔があり、まるでおとぎ話から飛び出したような建物です。

 樹齢400年の大ケヤキは、庭園に入ってすぐの場所にありました。太い幹にはそれなりの貫禄がありましたが、枝が切られ、樹冠も削られていて「ケヤキらしさ」は薄れていました。樹高はおよそ20メートルと、ケヤキにしては低く、さらに周りの木々がすぐ近くまで迫っていて、私には窮屈そうに見えました。看板によると、かつては樹齢600年のケヤキも園内にあったものの、戦時中に供木として伐採されてしまったようです。400年もの年月を生き抜いたこの木は、時代のサバイバーですので、いずれにしても尊敬すべき存在です。

盛美園 巨木のケヤキ

 午後の日がだんだん傾いてきました。白神山地を見るため、西へと車を走らせました。世界自然遺産に登録されている白神山地は、秋田県から青森県にまたがる広大な山地帯に、世界最大級の規模でブナ天然林が分布しています。夕暮れまでの時間を使って、できるだけ見てまわりたいと思いました。

 しかし、白神山地の入り口に着くと、工事による交通規制が行われていて、「午後5時までに帰ってこないと、ロックアウトされます」と、係員から告げられてしまいました。あと1時間。「それまでに必ず戻ってきます」と言って、ビジターセンターを目指し、到着するや否や、戸外で深呼吸をした後、すぐに引き返す慌ただしい事態になりました。

 交通規制は想定外でしたが、いいこともありました。規制のおかげで渋滞など無縁に、周囲に広がるブナの森の眺めに浸ることができたのです。帰り道、誰もいないダム湖の横に車を止め、湖と山の背後に広がる雄大なブナの紅葉にしばしみとれて過ごしました。

 結局、有名な白神山地は、ちらっとしか見ることができませんでしたが、振り返るに、今回の旅は広大な「森」ではなく、あくまでも一本、一株の巨木と古木をテーマにしていました。日本最古のリンゴの木をはじめ、まだ見ることができていない青森の名木は数多くあります。しかし、日本一のブナ「ニドムカムイ」、ファンタジックな「ハリギリ」、巌鬼山がんきさん神社のジュラシックモンスターである「一対の大スギ」、自然の台杉ともいえる「十二本ヤス」、北金ヶ沢の「日本一の大イチョウ」、老木の「石割カエデ」、奇跡の「ブナ二次林」、そして盛美園のサバイバー「大ケヤキ」には出会えました。 帰路、新青森駅に向かう途中、だんだんと日が暮れていき、岩木山のシルエットが群青色に浮かび上がっていました。

夕焼けの岩木山
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(青森編おわり)

構成・清野由美 撮影・大島淳之

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ディープ・ニッポン

オーバーツーリズムの喧騒から離れて──。定番観光地の「奥」には、ディープな自然と文化がひっそりと残されている。『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』のアレックス・カーによる、決定版日本紀行!

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プロフィール

アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。
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