四国は私の「原点」です。1971年、大学生だったころに偶然、徳島県の祖谷という秘境の中の集落に行き当たり、73年にそこにあった築三百年という茅葺き屋根の民家を購入しました。「篪庵」(“笛の小屋”)という屋号をつけたこの家は、数回の葺き替えを経て、現在も私の祖谷での拠点になっています。
これまで『ニッポン巡礼』では十、「ディープ・ニッポン」では四つの地域を巡ってきましたが、その中に四国はあえて入れていませんでした。祖谷はまさしくディープ・ニッポンにふさわしい場所ですが、私自身の思い入れが深い場所ゆえに、なかなかリストアップできなかったのです。
しかも、祖谷についてはこれまでもいろいろな場面で、たくさん書いたり話したりしてきました。SNSの発達で秘境への旅が一般化しているいまでは、祖谷はすでに有名観光地です。ただ、そうはいっても長年愛してきた祖谷の深山幽谷の風景を、ディープ・ニッポンから完全に外すわけにもいかず、迷い続けていました。
そこで今回は祖谷の「裏」へ足を運ぶことを思いつきました。険しい山が連なる景色は祖谷だけのものではなく、徳島県の西部全域に広がっています。祖谷の東端にあたる剣山から、さらに東へ行ったエリアは、五つの市町(美馬市、つるぎ町、上勝町、神山町、那賀町)で構成されていて、地形は祖谷とよく似ています。交通面では祖谷よりも開けているエリアですので、「祖谷の裏」という言い方はおかしいかもしれませんが、祖谷と違って観光客は少なめです。
また、これらの市町の人口分布は、北側を流れる吉野川沿い、東側の徳島市近辺、南側の太平洋沿岸の市街地に偏っており、中央の山間部に人はあまり住んでいません。その点では祖谷以上の「かくれ里」といえます。それゆえ、スギの人工植林はあるものの、川沿いにはスギは少なく、しかも公共工事による巨大な駐車場建設などの影響が比較的小さく、無垢な自然環境が多く残っています。今回はその「裏」と「無垢」をテーマに祖谷の奥を巡ることとします。
オーバーツーリズムの喧騒から離れて──。定番観光地の「奥」には、ディープな自然と文化がひっそりと残されている。『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』のアレックス・カーによる、決定版日本紀行!