ディープ・ニッポン 第20回

徳島(4)

アレックス・カー

新世代の禅寺

 徳島編第1回のつるぎ町から那賀町まで、西阿波の山を走っていた長い間、狭い道路から見る眺めは山、川、滝でした。しかし轟の滝から南へ進むと、徐々に地形が穏やかになっていきます。太平洋に面する海陽かいよう町に入ると「神野こうの高尾」という小さな村落に行き着きます。

 神野高尾では「柚子の里 和三郎」という民宿で、おいしいお昼ご飯を食べることができました。店は髭姿のマスター、荒井秀章ひでふみさんのお祖父さんが1913年に立てた古民家の中にあります。板の間の座敷に大きな囲炉裏が置かれ、室内にはジャズが流れています。荒井さんは都会に出て料理を学んだ後、海陽町に戻り、一日一組の民宿と、地の野菜や魚を使った料理を提供しています。ヨーロッパでは僻地にあっても世界的に認められた料理店がいろいろとありますが、日本の田舎でもそのような店が、ところどころに存在します。このような形で古民家が継承され、そこで丁寧に料理された地場の食を味わえることは、今回の旅でもうれしい発見の一つでした。

「柚子の里 和三郎」の料理

 神野高尾から少し走ったところに「城満寺じょうまんじ」というお寺があります。四国八十八カ所巡りで知られる有名寺院の多くは真言宗ですが、城満寺は曹洞宗の禅寺です。由緒としては四国最古の禅寺になるとのこと。戦国時代に焼失し、その後数百年は廃寺でしたが、大正時代に再興されて現在に至ります。境内の建物は新しく、中心の本堂と境内の左側にある僧堂(坐禅堂)は平成に建てられたものです。現在の住職は若く、YouTubeも積極的に活用しています。新世代の禅寺の発信に興味を持ち、立ち寄ってみることにしました。

 刈り込まれた芝生斜面の中央に参道の階段が通り、その先に立つお堂は奈良にある天平時代の寺院のような雰囲気でした。今回、住職とは会えませんでしたが、広い境内は禅寺にふさわしく、すっきりと気品の感じられる空間でした。阿波の山地はロマンに溢れていましたが、廃墟に近い集落も多く物寂しさを感じていたので、城満寺の整然とした境内に、ひと息つく思いでした。

城満寺
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ディープ・ニッポン

オーバーツーリズムの喧騒から離れて──。定番観光地の「奥」には、ディープな自然と文化がひっそりと残されている。『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』のアレックス・カーによる、決定版日本紀行!

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プロフィール

アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。
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