データで読む高校野球 2022 第10回

甲子園「連覇」の戦略史②

ゴジキ

危なげなく勝ち上がった早稲田実業と苦しみながら勝ち上がる駒大苫小牧

翌年も駒大苫小牧は夏の甲子園に出場。3連覇を目指したが、惜しくも決勝で敗れる。その優勝を阻んだのが「ハンカチ王子」斎藤佑樹を擁する早稲田実業だった。決勝の早稲田実業の斎藤佑樹と王者田中将大の投げ合いは死闘として語り継がれている。

この年の早稲田実業は、決勝まで比較的に順調な試合運びをして勝ち上がり、決勝が最初で最後の接戦だった。

一方、駒大苫小牧は、田中の体調不良の影響もあり、初戦から僅差の試合を制し勝ち上がっていった。苦しみながらも決勝まで勝ち上がる姿は、まさに王者の意地だった。

下記が2006年夏の甲子園の駒大苫小牧の戦績と主要選手の成績である。

・駒大苫小牧(2006年夏)大会戦績

決勝(再試合):駒大苫小牧 3-4 早稲田実業

決勝    :駒大苫小牧 1-1 早稲田実業

準決勝   :駒大苫小牧 7-4 智弁和歌山

準々決勝  :駒大苫小牧 5-4 東洋大姫路

3回戦    :駒大苫小牧 10-9 青森山田

2回戦    :駒大苫小牧 5-3 南陽工

・駒大苫小牧(2006年夏)打撃成績

5 三谷忠央    打率.393  1本塁打  5打点

6 三木悠也  打率.292  1本塁打  2打点

3 中沢竜也    打率.423  2本塁打 8打点

8 本間篤史    打率.261   0本塁打  4打点

7 岡川直樹    打率.214   0本塁打  0打点

9 鷲谷修也   打率.158   1本塁打 1打点

4 山口就継   打率.200   0本塁打  5打点

2 小林秀      打率.190   0本塁打  2打点

1 田中将大    打率.333   0本塁打  2打点

チーム打率.271

・投手成績

田中将大  52回2/3  54奪三振   防御率2.22

菊池翔太  4回1/3    2奪三振   防御率6.23

岡田雅寛  2回       0奪三振   防御率27.00

チーム防御率3.36

前述の通り、2006年夏の駒大苫小牧はすべての試合が接戦だった。このような戦績になったのは、各対戦校が田中の研究や対策をおこなっており、そこに田中自身の体調不良が重なったことが影響している。

2回戦の対戦相手、南陽工戦は田中のスライダーを徹底的に研究しており、しっかり見極めていた。スコアだけ見れば、田中は14奪三振を記録して、駒大苫小牧が先制して逃げ切った形に見える。しかし、この試合で田中は165球も投げており、「いままでの甲子園で一番苦しい試合」とコメントを残した(「週刊ベースボール 第88回全国高校野球選手権大会総決算号」ベースボールマガジン社)。この初戦を見ても、過去2年とはまったく違い、徹底的にマークされていることがわかる試合だった。

3回戦の青森山田戦は、田中はベンチスタート。青森山田は、初回から駒大苫小牧先発の岡田と2番手の菊池、3番手の田中を責め立て一気に点差を広げて、最大得点差は6点差となった。青森山田も、田中対策として150km/hの直球と140km/hのスライダーにひたすら目が慣れるよう練習していた。そのこともあり、田中から3点を奪うことができたのである。

しかし、駒大苫小牧は終盤から意地を見せる。6回から毎回得点で積み上げていき、甲子園の観客も2004年、2005年と同様に駒大苫小牧を後押しし、8回終了時点で8対8にまで詰め寄る。ただ、田中も本調子からは程遠く、青森山田も意地を見せて9回に勝ち越しをして、王者を追い詰めていった。

絶体絶命の駒大苫小牧は9回裏に、中沢が同点弾を放ち、最後は三谷がサヨナラタイムリーツーベースを放った。なんとか勝利した駒大苫小牧だったが、最後まで負けてもおかしくない展開だった。それでも16安打を積み重ねて、田中を援護した駒大苫小牧の攻撃からは「王者の意地」が感じられた。

準々決勝の東洋大姫路戦でも、田中が東洋大姫路の林崎遼からホームランを打たれ4点差をつけられるも、6回に集中打と7回に三谷の内野安打でひっくり返す逆転劇で勝利した。青森山田戦や東洋大姫路戦を見ても、ビハインドから底力を見せる試合運びは素晴らしいものだった。準決勝の智弁和歌山戦は、田中はベンチスタートだったが、マウンドに上がると徹底的に1試合最多本塁打を記録した強力打線を抑えた。それに応えるかのように、4番の本間は3本の長打を放つなどの援護をして、73年ぶりの夏3連覇に大手をかけた。

何度も苦境に追いやられた駒大苫小牧とは対照的に、危なげなく勝ち上がった早稲田実業の戦績と主要選手の成績を見てみよう。

・早稲田実業(2006年夏)大会戦績

決勝(再試合):早稲田実業  4-3 駒大苫小牧

決勝      :早稲田実業  1-1 駒大苫小牧

準決勝     :早稲田実業  5-0 鹿児島工

準々決勝    :早稲田実業  5-2 日大山形

3回戦      :早稲田実業  7-1 福井商

2回戦      :早稲田実業 11-2 大阪桐蔭

1回戦      :早稲田実業 13-1 鶴岡工

・早稲田実業(2006年夏)打撃成績

8 川西啓介    打率.320  1本塁打  8打点

5 小柳竜巳    打率.364  0本塁打  6打点

3 桧垣皓次朗  打率.276  0本塁打  9打点

6 後藤貴司   打率.345  1本塁打  9打点

7 船橋悠      打率.375  2本塁打 11打点

1 斎藤佑樹    打率.333  1本塁打  2打点

4 内藤浩嵩    打率.235  0本塁打  0打点

2 白川英聖    打率.296  0本塁打  2打点

9 小沢秀志    打率.167  0本塁打  1打点

チーム打率.317

・投手成績
斎藤佑樹  60回        78奪三振   防御率1.17
塚田晃平   0回         0奪三振   防御率-
チーム防御率1.17
 

この年の早稲田実業は、斎藤佑樹を中心としたチームとして甲子園の話題の中心にいた。なかでも注目されたのは、2回戦の大阪桐蔭戦だ。斎藤は前年の甲子園を沸かせた中田翔に対して3奪三振を奪い、合計12奪三振で完投勝利。この試合で、斎藤はさらに注目を浴びて、この大会を通して主人公のような存在になっていった。さらに打線も、2000年代の優勝校では最多の1試合平均10.67点を叩き出して、斎藤を援護した。

決勝戦の球場の雰囲気は、駒大苫小牧を味方していた過去2年とは打って変わり、「ハンカチ王子」と呼ばれた斎藤に声援が飛び交う。

ただ、駒大苫小牧は8回に、慣れた決勝の舞台で三木のホームランで斎藤から先制点を奪う。しかしその裏、早稲田実業もすぐさま後藤の犠牲フライで追いつき、その後もお互いにゼロ行進。延長15回までで決着はつかなかった。

翌日の再試合では初回から早稲田実業が先制。ビハインドになった直後に、駒大苫小牧先発の菊池は降板し、田中がマウンドに上がる。それでも終盤になると田中に疲れが見え始め、追加点を許し、8回終わって1対4と、早稲田実業がリードを奪った。9回になると駒大苫小牧は意地を見せ、中沢が1点差に迫る2ランホームランを放つが、最後は斎藤が田中を三振に斬ってとって早稲田実業が頂点に立った。

実は2006年は全体的に打高の年であったものの、斎藤と田中は間違いなく頭ひとつ抜けていた。斎藤がほぼ一人で投げ抜いて優勝投手になったことは、今の高校野球においては賛否両論が分かれる。一発勝負の甲子園では1番実力のある投手が投げ続けることで勝率をあげることに繋がることは確かだが、1人の投手を投げさせ続けることは、その選手やチームの将来にも多大な影響を与えてしまう。この起用法の是非については正解がないとしか言いようがない。

ただ、チーム全体の戦略の面で見ると、駒大苫小牧と早稲田実業は、派手さがある打線だったわけではないが、エースを中心としたチームビルディングであったことは共通している。

駒大苫小牧は、過去2年同様にチーム打率以上の勝負強さを見せていた。ただそれ以上に、2006年の早稲田実業は決勝戦以外危なげない試合運びだったことからもわかるように、甲子園で相手を圧倒した戦い方ができていた。その要因としては、甲子園の予選である西東京大会で接戦を経験したことが挙げられる。西東京大会の準決勝、日大鶴ヶ島戦ではサヨナラ勝ち、日大三との決勝では延長11回までもつれる試合を競り勝つ形で、甲子園を決めた。

駒大苫小牧が接戦を勝ち上がって強さを確かなものにしていったように、早稲田実業も西東京大会での戦いを経てひと回りふた回り強くなったことが、甲子園の強さの源泉だったのではないだろうか。

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100年以上にわたり、日本のスポーツにおいてトップクラスの注目度を誇る高校野球。新しいスター選手の登場、胸を熱くする名勝負、ダークホースの快進撃、そして制度に対する是非まで、あらゆる側面において「世間の関心ごと」を生み出してきた。それゆえに、感情論や印象論で語られがちな高校野球を、野球著述家のゴジキ氏がデータや戦略・戦術論、組織論で読み解いていく連載「データで読み解く高校野球 2022」。3月に6回にわたってお届けしたセンバツ編に続いて、8月は「夏の甲子園」の戦い方について様々な側面から分析していく。

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プロフィール

ゴジキ

野球著述家。 「REAL SPORTS」「THE DIGEST(Slugger)」 「本がすき。」「文春野球」等で、巨人軍や国際大会、高校野球の内容を中心に100本以上のコラムを執筆している。週刊プレイボーイやスポーツ報知などメディア取材多数。Yahoo!ニュース公式コメンテーターも担当。著書に『巨人軍解体新書』(光文社新書)、『東京五輪2020 「侍ジャパン」で振り返る奇跡の大会』(インプレスICE新書)、『坂本勇人論』(インプレスICE新書)、『アンチデータベースボール データ至上主義を超えた未来の野球論』(カンゼン)。

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