【青木理 特別連載】官製ヘイトを撃つ 第五回

済州島の弾圧を逃れ、総連からは「反組織分子」として徹底的に排斥された私 在日一世の詩人・金時鐘氏に訊く②

金時鐘 × 青木理
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アメリカ軍政下で行われた朝鮮総督府の吏員復職、
そして朝鮮人民共和国の否定

――ところで、北朝鮮という国家については現在、どう捉えていらっしゃいますか。時鐘さんは相当早い時期から体制の問題点などを指摘してこられましたが、日本が戦前回帰的な動きを強めるにあたり、格好の口実を与えてしまっている感もありますね。

金時鐘 長期政権を誇っている安倍首相は選挙のたびに北朝鮮の脅威をあおって、ついには安保法制関連法まで強行採決してしまいましたね。憲法9条を取り替えたい政権与党や保守系の人たちに、北朝鮮はたしかに、格好の口実を与える国ではありました。しかし、1960年代の半ばまでは私にとって、北朝鮮はまだ「正義の国」でした。

 それは現在の「大韓民国」が創立されるまでの過程を、私は身をもって知っているからです。加えて南朝鮮だけの単独選挙で選出された李承晩(イ・スンマン)政権がいかに親米一辺倒の、反共独裁暴圧政治をほしいままにしたかは、解放(終戦)時に青春期以上だった人なら固まったしこりのように覚えている事柄です。

   日本の植民統治から解放されたはずの朝鮮半島には、北緯38度線を境にして北側はソ連軍が占領し、南側はアメリカ軍が駐屯してきました。アメリカ軍は解放軍、植民統治から解き放ってくれる解放軍だと、私たちは本当に熱烈に歓迎したものです。ところが、進駐してきたアメリカ軍は軍政を敷きました。軍政長官はホッジという中将です。

――アメリカ陸軍部隊を率いて進駐したジョン・リード・ホッジは本来、日本進駐の役割を担って沖縄にいて、朝鮮半島については何も知らなかったといわれていますね。だから、日本の植民地支配を担った朝鮮総督府を通じた統治か、米軍政による直接統治を構想したと。

金時鐘 一方で解放当時、日本の植民統治に協力した「親日派」といわれた連中は、みんな日本へ逃げていました。捕まったら半殺しの目に遭いかねませんからね。1945年の8月17日には街の辻々に「民族反逆者リスト」というのが張り出されていて、「植民地統治」という言葉すら初めて聞く私にはまさに、歴史の転換を目の当たりにした驚きの光景でした。

――そのあたりは時鐘さんが2015年に出された『朝鮮と日本に生きる――済州島から猪飼野へ』(岩波新書)に詳しく描かれていますね。拝読すると、「リスト」には「徴用で同胞の膏血をしぼった奴ら」とか「大日本帝国主義の走狗」などとして20数人の名が挙げられていたと。

金時鐘 そのとおりの模造紙大の張り紙でした。ところが、軍政長官としてのホッジが最初に発したのが、「朝鮮総督府の吏員は現職にとどまるように」という復職令。軍政の施策は朝鮮総督府の法令をそのまま踏襲するという宣言です。だから、逃げを打っていた「親日派」の連中が大手を振って帰ってきた。一方、その直前には呂運亨(ヨ・ウンヒョン)先生を大統領とする朝鮮人民共和国の創立が世界に向けて宣布されていました。

――朝鮮の独立運動家として中国を中心に活動していた呂運亨は日本の降伏後、朝鮮独立のために建国準備委員会を立ちあげ、朝鮮人民共和国の樹立を宣言したのが1945年の9月6日ですね。

金時鐘 つまり朝鮮人民共和国の樹立宣布の3日後にアメリカ軍が仁川から進駐してきて、人びとは解放軍として迎えたのに軍政を敷き、その第一布告が朝鮮総督府の吏員復職、そして朝鮮人民共和国の否認だったわけです。だから連日のようにデモが起きて騒然としました。ひいては「米軍出ていけ」とまで民衆が叫ぶようになった。軍政を敷いた国の民衆から軍政が抗議を受ける構図はまずいということでアメリカが何をしたかといえば、植民統治下で幅を利かせていた右翼勢力の再起、再結集です。当時は暴力団まがいの連中がたくさんいましたからね。彼らはアメリカ軍政をバックにしたい放題、やりたい放題。人間を殴り殺すのはハエ1匹を潰すのと変わらないような調子で、デモやストライキを次々に潰していったんです。

 アメリカの大統領はルーズベルトからトルーマンに代わり、トルーマンは38度線を境にしてソ連とぶつかりあう冷戦を予感していましたから、韓国を反共の砦にするための政策をとり、反共こそが正義だということになる一方、アカは殺しても構わないという風潮が強まっていきます。

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【青木理 特別連載】官製ヘイトを撃つ

近隣諸国やマイノリティへの敵意を煽り、攻撃することで政治にまつわる不都合、問題から、不満をいだく民衆の目をそらさせる手法は古来、たびたび繰り返されてきた。 同時に、そうした姑息な政治的方便が、本物の憎悪(ヘイト)を生み出し歯止めがかけられなくなったとき、不条理で悲惨な弾圧や虐殺が引き起こされてきたことは歴史の常である。 これは現代日本も例外ではない。政治家、官僚、公共機関の長から一般にいたるまで。この国を蝕んでいるこの風潮の深層に、反骨のジャーナリスト青木理が切り込む。

プロフィール

金時鐘 × 青木理

 

金時鐘(キム・シジョン)
1929年釡山生まれ。詩人。元教員。戦後、済州島四・三事件で来日。日本語による詩作、批評、講演活動を行う。著書『朝鮮と日本に生きる』(岩波新書)で第42回大佛次郎賞受賞。『原野の詩』(立風書房)、『「在日」のはざまで』(平凡社ライブラリー)他著作多数。『金時鐘コレクション』全12巻(藤原書店)が順次刊行中。共著に佐高信との『「在日」を生きる』(集英社新書)等がある。

青木理(あおき・おさむ)
1966年長野県生まれ。ジャーナリスト。共同通信社社会部、外信部、ソウル特派員などを経て、2006年フリーに。著書に『日本会議の正体』(平凡社新書)、『安倍三代』(朝日新聞出版)、『情報隠蔽国家』(河出書房新社)、『日本の公安警察』(講談社現代新書)、共著に『スノーデン 日本への警告』『メディアは誰のものか―「本と新聞の大学」講義録』(集英社新書)等がある。

 
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