現代社会と向き合うためのヒーロー論 第4回

トランプ時代の「お隣のヒーロー」|『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』『ジョーカー』「マトリックス」シリーズほか

河野真太郎

『ジョーカー』とポピュリズムの曖昧性

 ポピュリズム(民衆主義)には左派ポピュリズムと右派ポピュリズムがあると言われる。ここで問題にしている二つの民衆運動、つまりトランプ支持と「ウォール街を占拠せよ」は、非常に広い状況は共有しているけれども、それに対してまったく違う反応をした。

 広い状況とはグローバリゼーションであり、その中での国内の新自由主義化・金融経済化であり、社会格差の拡大である。

 トランプ主義はそのような同じ状況に反応する右派ポピュリズムであり、「ウォール街を占拠せよ」は左派ポピュリズムとして定義できるだろう(もちろん右派と左派のさまざまなポピュリストたちの現状認識にはずれがあるだろうが)。そして、オルタナティヴ・ファクツによって民衆を扇動しようとするクエンティン・ベックたちは右派ポピュリストたちだと、とりあえずは考えることができる。

 だが、ポピュリズムの左派と右派はそんなに簡単に区別できないし、区別すべきでもないかもしれない。

 そのような曖昧性を表現したのが、「バットマン」シリーズのスーパー・ヴィランであるジョーカーの前日譚『ジョーカー』(2019年)であった。『ジョーカー』については拙著『新しい声を聞くぼくたち』(講談社)、また杉田俊介『男がつらい!』(ワニブックス)で論じられているので詳しくは参照して欲しいが、ここではエッセンスだけを取り出しておこう。

『ジョーカー』© 2019 Warner Bros. Entertainment Inc., Village Roadshow Films (BVI) Limited and BRON Creative USA, Corp.

 『ジョーカー』の主人公アーサーは貧困に苦しむ障害者の非モテ男性であるが、最終的には彼を抑圧する権力者たち、つまりウェイン証券の社員たちや、彼を笑いものにしようとしているだけの、トークショーのパーソナリティのマレーに銃口を向ける。

 このアーサーの暴力を、そしてそれが引きおこす民衆暴動を「左派ポピュリズム」的なものだと言うことはできるだろうか? つまり、権力に抑圧され苦しむ民衆の革命的暴力だと? これには大きな保留が必要になるだろう。

 というのも、彼の銃口は必ずしも、原理原則をもって「上に」向けられたものとは言えないからだ。ウェイン証券の社員の射殺はかなり偶発的なものであるし、彼を虐めていた同僚のランドルの惨殺にしても、ランドルは確かにアーサーを抑圧はするけれども、社会構造という意味ではアーサーと同じ穴の狢なのである。ランドルの殺害は、とても社会変革のための暴力などと呼べるものではない。母の殺害、さらには衝動的なマレーの殺害でさえも同様だ。

 そして、ウェイン証券社員とマレーの殺害の結果起こる暴動は、観客にとっては肯定も否定もできない、非常に居心地の悪いものになっている。

 それは確かに、ウェイン産業をはじめとする金持ちたちに対する反乱であり、その限りでは「ウォール街を占拠せよ」運動に通ずるものがある。バットマン=ブルース・ウェインの父と母の殺害は、従来は強盗による偶発的な殺害だった。しかし『ジョーカー』においては、彼がトーマス・ウェインであると認識した暴徒の一人によって射殺されている。それは意識的に「上」に向けられた銃口なのだ。だが、「ウォール街を占拠せよ」運動は決して『ジョーカー』で描かれるような暴力的な暴動ではなかった。

 私たちはこの暴力を肯定できるのか、否定すべきなのか。このポピュリズムは「左派」なのか、「右派」なのか。この決定不能性が『ジョーカー』という作品の不気味さの本質である。

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現代社会と向き合うためのヒーロー論

MCU、DC映画、ウルトラマン、仮面ライダーetc. ヒーローは流行り続け、ポップカルチャーの中心を担っている。だがポストフェミニズムである現在、ヒーローたちは奇妙な屈折なしでは存在を許されなくなった。そんなヒーローたちの現代の在り方を検討し、「ヒーローとは何か」を解明する。

プロフィール

河野真太郎

(こうの しんたろう)
1974年、山口県生まれ。専修大学国際コミュニケーション学部教授。専門はイギリス文学・文化および新自由主義の文化・社会。著書に『新しい声を聞くぼくたち』(講談社, 2022年)、『戦う姫、働く少女』(堀之内出版, 2017年)、翻訳にウェンディ・ブラウン著『新自由主義の廃墟で:真実の終わりと民主主義の未来』(みすず書房, 2022年)などがある。

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トランプ時代の「お隣のヒーロー」|『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』『ジョーカー』「マトリックス」シリーズほか