現代社会と向き合うためのヒーロー論 第4回

トランプ時代の「お隣のヒーロー」|『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』『ジョーカー』「マトリックス」シリーズほか

河野真太郎

※本稿には映画作品の「ネタバレ」が含まれます。

 本連載の前回では、「アイアンマン」シリーズが古い資本主義から新しい資本主義への移行を表現し肯定していること、そしてそれぞれの資本主義が「二つのアメリカ」のイメージに重ねられていることを論じた。二つのアメリカとは、南部的で保守的なアメリカと、西海岸的でリベラル・先進的なアメリカだ。

 「南部的なアメリカ」とは正確には、かつての資本主義を支えた炭鉱業や重工業を担った中西部を含むアメリカであるし、「西海岸的なアメリカ」とはニューヨークなどの東海岸のリベラルで多文化的な都市も含む、ITやスマートな技術を基礎とする新しい資本主義の場である。前回参照した図をもう一度見ておこう。

 『アイアンマン』と『アイアンマン2』は、この古い資本主義から新しい資本主義への移行を肯定的に描きつつ、アフガニスタンでの介入主義を回りくどく正当化した。その際に、西海岸的な、GAFA的な価値観=道徳が新たな資本主義の「精神」として肯定されていった。

 もうひとつ重視したのは、そのような移行が父探しと父の発見(もしくは父との和解)の物語に重ねられたことであった。

トランプ時代と新しい資本主義の否定?

 さて、その後、アメリカには何が起きただろうか。もちろん、2016年の大統領選挙におけるドナルド・トランプの勝利である。

 実業家としては成功していたものの、当初は共和党の泡沫候補で、政治家、とりわけ大統領候補としてはほとんど冗談のような存在だったトランプが、あれよあれよという間に人気を得て、民主党の対立候補ヒラリー・クリントンを打ち負かしてしまった。アメリカはリベラルな女性を否定し、新たな(そして古い)「父」を選んだ。

 トランプの勝利は、先ほど確認した歴史の展開、つまり古い資本主義(南部的)から新しい資本主義(西海岸的)への展開を過去へと引き戻すものであるかのように感じられた。

 というのも、トランプの主な支持層は南部や中西部のいわゆる「ラスト・ベルト(錆びた地帯)」だったからだ。ラスト・ベルトからアパラチア山脈の炭鉱地帯は、製造業を中心とするかつての資本主義体制のもとで繁栄した。しかし20世紀終盤から現在にかけて、アメリカの資本主義が変質するとともに、製造業は衰退し、かつての工場の機械は錆びる(ラスト)ままに任された。

 トランプはこういった地域の失業と貧困にあえぐ主に白人の労働者たちに、「アメリカをもう一度偉大な国に(メイク・アメリカ・グレイト・アゲイン)」と呼びかけた。その呼びかけには二つの特徴があった。ひとつは排外主義、そしてもうひとつはポストトゥルースである。

 トランプは、白人労働者たちの苦境を、グローバリゼーションや国内のリベラルに加えて、移民労働者のせいにした。メキシコとの国境に壁を作るという彼の公約はそのような排外主義の宣言である。

 その一方で、そういった主張をするにあたって、トランプとその取り巻きは自分たちの発言の真実性にはまったく頓着しなかった。一例としては、トランプの大統領演説に集まった聴衆の数の問題が挙げられる。ホワイトハウス報道官のショーン・スパイサーは、メディアが聴衆の数を過少評価したことを批判し、就任演説には過去最多の聴衆が集まったと主張した。それは虚偽発言ではないかとNBCの番組で問われた大統領顧問のケリーアン・コンウェイは、それは「代替的な事実(オルタナティヴ・ファクツ)」だと述べた。

 既存メディアを敵視して「フェイク」だと指弾し、新しい資本主義のもとで苦しみあえぐ白人労働者階級の耳に心地よく響く「オルタナティヴ・ファクツ」を並べ立てる──このような潮流は、「ポストトゥルース」と呼ばれる。この潮流はアメリカだけではなく、同じく2016年の国民投票でEU離脱を決めたイギリス、さらには日本も含めた全世界を覆っているように見える。

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現代社会と向き合うためのヒーロー論

MCU、DC映画、ウルトラマン、仮面ライダーetc. ヒーローは流行り続け、ポップカルチャーの中心を担っている。だがポストフェミニズムである現在、ヒーローたちは奇妙な屈折なしでは存在を許されなくなった。そんなヒーローたちの現代の在り方を検討し、「ヒーローとは何か」を解明する。

プロフィール

河野真太郎

(こうの しんたろう)
1974年、山口県生まれ。専修大学国際コミュニケーション学部教授。専門はイギリス文学・文化および新自由主義の文化・社会。著書に『新しい声を聞くぼくたち』(講談社, 2022年)、『戦う姫、働く少女』(堀之内出版, 2017年)、翻訳にウェンディ・ブラウン著『新自由主義の廃墟で:真実の終わりと民主主義の未来』(みすず書房, 2022年)などがある。

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トランプ時代の「お隣のヒーロー」|『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』『ジョーカー』「マトリックス」シリーズほか