現代社会と向き合うためのヒーロー論 第4回

トランプ時代の「お隣のヒーロー」|『スパイダーマン:ノー・ウェイ・ホーム』『ジョーカー』「マトリックス」シリーズほか

河野真太郎

「スパイダーマン」シリーズと、映画というフェイク

 さて、以上の回り道をして「スパイダーマン」シリーズに戻ると、何が見えてくるだろうか。『ファー・フロム・ホーム』は、とりあえずは虚偽/真実の二項対立を設定して、虚偽(フェイク)をはぎ取るという方向に向かうことは確認した通りだ。

 しかしその不十分さは分かって頂けただろうか。虚偽/真実の二項対立を取る限りは、現在のポストトゥルースには対抗し得ない。ではなすべきことは何か。

 簡単にまとめれば、なすべきなのは、すでに示唆したように、「虚偽/真実の二項対立がいかにして生み出されているかを検討すること」である。そして「スパイダーマン」シリーズはそのような検討をなし得ている。最後にそれを確認しよう。

 『ファー・フロム・ホーム』と『ノー・ウェイ・ホーム』は、単にポストトゥルース的なフェイク一般を問題にしているのではない。実は、この二本の映画は、「映画についての映画」となっている。

 『ファー・フロム・ホーム』では、ベックたちの一味が「リハーサル」をしている場面が印象的である。ドローンとホログラム、そして銃器爆薬を使った戦闘場面を、前もってリハーサルしているのだ。ベックはそれをじっと見つめて、爆薬を倍にしろと指示を出す。その結果に満足をしてOKを出すベック。これは、映画撮影の現場そのものである。ベックは監督であり、彼の一味は撮影クルーだ。彼らは映画を作るかのように、フェイクな現実を作っている。

 この時点で、この映画は、映画というものが持つフェイク性、ポストトゥルース性という問題意識を導入している。だが、述べた通り、『ファー・フロム・ホーム』はある意味で不徹底である。この作品は虚偽/真実の二項対立を保持し、虚偽を退けるからだ。徹底的に、映画の(つまり、自らの)フェイク性に向きあっているとは言えない。

ポストトゥルースとの付き合い方のレッスンとしての『ノー・ウェイ・ホーム』

 そこから驚くべき転回がもたらされるのは続編の『ノー・ウェイ・ホーム』においてだ。『ファー・フロム・ホーム』の結末で正体をばらされ、ベック殺害の濡れ衣を着せられたピーター・パーカーは、ドクター・ストレンジに助けを求める。世界の人びとから彼がスパイダーマンであるという記憶を消し去ってほしいと。

 ところが、その呪文の途中でピーターがMJたちの記憶からは消さないで欲しいと呪文の内容を変えてしまったために、呪文が暴走し、他の平行宇宙(マルチバース)から「ピーターがスパイダーマンだと知る者たち」を引き寄せてしまう(そう、前作ではフェイクであった平行宇宙は実在することが分かるのだ)。

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 さて、驚くべきなのは、そこで平行宇宙から引き寄せられる人物たちである。引き寄せられたのは、最初に紹介した「スパイダーマン」三部作と、「アメイジング・スパイダーマン」シリーズのスパイダーマンと悪役たちなのだ(もちろん同じ役者たちが演じている)。

 これによって『ノー・ウェイ・ホーム』は、『ファー・フロム・ホーム』では維持されていた虚偽/真実の二項対立を切り崩す。それまでは私たちの現実世界では単に「別シリーズ」として処理されていたこれまでの「スパイダーマン」シリーズが、スクリーンの上で一同に会する。

 それだけであればある種の楽屋落ちとして納得してもいいのかもしれない。しかし私たちは『ファー・フロム・ホーム』ですでに映画というメディアのフェイク性についての自己言及を目にしてしまっている。その観点からは、『ノー・ウェイ・ホーム』の中に別シリーズの登場人物という「現実界」が陥入してくることは、この作品そのものが映画であること、つまりスクリーンに映し出されたこの作品の「現実」はフェイクであることを告げていると了解せねばならないだろう。

 だがそれにもかかわらず、観客は『ノー・ウェイ・ホーム』の描く現実が完全なるフェイクであると考えることもできない。そのように見てしまえば、映画は映画として破綻するだろう(ピーターの叔母のメイの死は、映画のフェイク性に対するカウンターバランスとなるような「現実の重み」を導入するためにある)。

 じつのところ、一般的にも私たちはフィクションをそのように読み、見ている。そのように、というのは、それが本当の現実だとは思わない一方で(例えば誰もシャーロック・ホームズが現実の人間だとは信じていないだろう)、かといって完全な虚構だとも思っていない(それでもモリアーティにホームズが殺されたら、抗議の手紙を書く)、そういう態度でフィクションに接しているのだ。

 読者・観衆は、フィクションを信じつつ同時に信じない、そういった複雑な芸当が、じつは普通に行われている。重要なのは、そのような「フィクション(と真実)への接し方」であろう。『マトリックス レボリューション』の中庸な結末におけるような、ほどほどのフィクションとほどほどの真実に両足をかけたような姿勢。

 『ノー・ウェイ・ホーム』の悲しい結末はその意味で必然だ。ピーター・パーカーはみなから忘れ去られる。だがそれでも、「誰もが知るスーパーヒーロー」ではなく「お隣のヒーロー」として活動を続けることが示唆される。結局、スパイダーマンはいるかもしれないし、いないかもしれない。フェイク/フィクションかもしれないし、現実かもしれない。そんな「間」に彼はいるんだよ、と。

 ポストトゥルースの時代になすべきなのは、真実の名の下にフェイクを指弾することではない。真実とフェイクの両方に足を乗せながら、その両者がどうやって生み出されているかを見すえる目を鍛えることだ。「スパイダーマン」シリーズはそれを教えてくれている。(つづく)

参考文献
河野真太郎「ポストトゥルース、トランス排除と『マトリックス』の反革命──もしくは、ひとつしかない人生を選択することについて」『現代思想』2021年5月号, pp. 272-189.

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現代社会と向き合うためのヒーロー論

MCU、DC映画、ウルトラマン、仮面ライダーetc. ヒーローは流行り続け、ポップカルチャーの中心を担っている。だがポストフェミニズムである現在、ヒーローたちは奇妙な屈折なしでは存在を許されなくなった。そんなヒーローたちの現代の在り方を検討し、「ヒーローとは何か」を解明する。

プロフィール

河野真太郎

(こうの しんたろう)
1974年、山口県生まれ。専修大学国際コミュニケーション学部教授。専門はイギリス文学・文化および新自由主義の文化・社会。著書に『新しい声を聞くぼくたち』(講談社, 2022年)、『戦う姫、働く少女』(堀之内出版, 2017年)、翻訳にウェンディ・ブラウン著『新自由主義の廃墟で:真実の終わりと民主主義の未来』(みすず書房, 2022年)などがある。

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