現代社会と向き合うためのヒーロー論 第5回

多様性の時代に「悪」はどこにいるのか?|『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』「アベンジャーズ」シリーズ『エターナルズ』

河野真太郎

『エターナルズ』と自然と計画

 クロエ・ジャオ監督による『エターナルズ』(2021年)は異色のスーパーヒーロー映画である。本作のヒーローたちはエターナルズという種族で、エターナルズはセレスティアルズという天地創造の神に等しいような存在によって創られ、ディヴィアンツと呼ばれるモンスターから地球人を守るために太古の地球に送られ、人間を見守ってきた。ディヴィアンツはすでに絶滅したと考えられていたが、現代の地球に再び現れ、エターナルズは再集結することになる。

 物語が進むに従って、セレスティアルズ、エターナルズ、ディヴィアンツについての新たな真実が明らかになっていく。セレスティアルズが地球などの惑星に介入するのは、そこにセレスティアルの「種」を植えつけた上で知的生命体を育て、その生命体(地球の場合は人間)のエネルギーによってセレスティアルを「孵化」させる(「イマージェンス」と呼ばれる)ためなのであった。

 ディヴィアンツもまたセレスティアルズが創造したもので、惑星の頂点捕食者を捕食して、知的生命体の出現を促進する役割を担うはずだったものが、暴走して人間たちを襲うようになってしまった。エターナルズはそのエラーを修正するために創造されたというのである。そして、地球に種が植えられたセレスティアルのイマージェンスが意味するのは、地球が完全に崩壊し、人類は滅亡するということだった。

 この映画は、アカデミー賞作品賞に輝いた『ノマドランド』(2020年)といった硬派な映画を撮ってきた中国出身のジャオ監督がメガホンを握るということだけではなく、キャラクターの「多様性」によって話題となった。主人公のセルシはアジア系、聴覚障害者で手話を使うマッカリ(演じたアフリカ系の俳優ローレン・リドロフ自身が聴覚障害者)、山のような体にエプロンをして料理に励むアジア系のギルガメッシュ、そして話題をさらったのは、MCU初の同性愛ヒーローであるアフリカ系のファストスであった。そのために、『エターナルズ』は同性愛嫌悪主義者たちのアンチ評価のターゲットにまでなる。

 さて、そのように「多様性」が全面に出された『エターナルズ』であるが、ヴィランは誰だろうか? 物語の前半ではエターナルズがヒーローでディヴィアンツがヴィランである。だが、上記のような真実が明らかになると、その善/悪の構図は崩れる。真のヴィランはセルシたちを地球に送ったセレスティアルズだったということになる。

 だが、セレスティアルズはヴィランと呼べるようなものだろうか? 彼らはほとんど神のような超越的存在であり、その意味では自然に近い存在だ。ここにも、価値の多様性の果てに「悪」が見失われ、環境の限界や要請そのものが戦うべき敵になるという型が見て取れる。

 地球人に愛着を持ちすぎたセルシは、セレスティアルズに反旗を翻す。そしてエターナルズの能力を束にするユニ・マインドの力を借り、セルシは生まれようとしたセレスティアルを彼女の物質転換の力で大理石に変えてしまう。自然を征服するのである。

 だが、セレスティアルズは自然に等しいように思えつつ、それでもある意志を持った主体である。それはどう考えればいいのか?

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現代社会と向き合うためのヒーロー論

MCU、DC映画、ウルトラマン、仮面ライダーetc. ヒーローは流行り続け、ポップカルチャーの中心を担っている。だがポストフェミニズムである現在、ヒーローたちは奇妙な屈折なしでは存在を許されなくなった。そんなヒーローたちの現代の在り方を検討し、「ヒーローとは何か」を解明する。

プロフィール

河野真太郎

(こうの しんたろう)
1974年、山口県生まれ。専修大学国際コミュニケーション学部教授。専門はイギリス文学・文化および新自由主義の文化・社会。著書に『新しい声を聞くぼくたち』(講談社, 2022年)、『戦う姫、働く少女』(堀之内出版, 2017年)、翻訳にウェンディ・ブラウン著『新自由主義の廃墟で:真実の終わりと民主主義の未来』(みすず書房, 2022年)などがある。

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多様性の時代に「悪」はどこにいるのか?|『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』「アベンジャーズ」シリーズ『エターナルズ』