現代社会と向き合うためのヒーロー論 第5回

多様性の時代に「悪」はどこにいるのか?|『ブラックパンサー/ワカンダ・フォーエバー』「アベンジャーズ」シリーズ『エターナルズ』

河野真太郎

環境的限界と「悪」

 もちろんそれに対しては、「表現の自由」のことを勘違いしていると反論することは可能だ。だがここで問題にしているのは、ヒーローものが上記のようなニヒリズム状況と格闘せざるを得なくなっているという事実である。

 そして、多文化主義時代の新たな「悪」の有力候補である「価値の多様性・相対性そのものを否定する者たち」は、必ずしも差別主義者なわけではない。「ブラックパンサー」シリーズのキルモンガーやネイモアが差別主義者でなかったように。つまり、マイノリティの権利運動の立場からすればキルモンガーやネイモアは肯定されるべきだという見方もあり得るにもかかわらず、やはり彼らは価値の多様性・相対性を否定するという一点において「悪」とされるのだ。

 さて、今回はそのような状況で発明された、もう一つの「悪の作り方」について論じたい。それは、結論から言えば、「環境」である。近年のヒーローものでは「環境的限界」が対処すべき悪として現れている。より正確に言えば、「環境的限界に対して、人為的な介入を行う者」が悪なのである。これは一見、「多文化主義を否定する悪」という主題とは別の話に聞こえるかもしれないが、深いところでつながっていると最終的には明らかになるだろう。

 まず念頭に浮かぶ作品は、『アベンジャーズ/イニフィニティ・ウォー』(2018年)(以下『イニフィニティ・ウォー』)だろう。この作品のヴィランであるサノスは、マーベル映画としては革新的だった。タイタン星人のサノスは宇宙の生命の半数を抹消し、宇宙に均衡を取り戻すべきだという思想を抱き、それに従って星々を侵略し、住人の半数を虐殺して回っている。そして、宇宙の誕生の際に生まれた6種類のエネルギーの結晶体である「インフィニティ・ストーン」を集め、それをインフィニティ・ガントレットにはめて、指をひと鳴らしすることで全宇宙の生命の半数を消去するという仕事にとりかかっている。

 そう、「野望に乗り出している」ではなく、「仕事にとりかかっている」という表現がぴったりなのだ。サノスの新しさは、彼が悪意を持った邪悪なヴィランの性質を持っていないことにある。常に「やれやれ」といった感じで、自らに与えられた仕事をこなそうとがんばっているのだ。しかも彼は、自分の使命を果たすためには、養女(MCUでは「ガーディアンズ・オブ・ギャラクシー」シリーズのキャラクターであるガモーラ)を、泣きながら殺す。

 サノスは、悪役とはかけ離れた存在である。そして、生命の半分を抹消させて宇宙の均衡を保つという彼の思想は、ある種のエコロジー思想だと言える。実際、現在の私たちが直面している環境をめぐる大問題は人口問題であり、地球環境に現在の人口増加を受け容れるキャパシティがないことである。逆に言えば、人間は環境の最大の「敵」なのであり、人間が減ることこそが環境問題の最大の解決法なのである……なかなか正論として主張されることのないこの思想は、それでもやはりある種のエコロジー思想なのであり、サノスはその思想に無私無欲で身を捧げるのだ。

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現代社会と向き合うためのヒーロー論

MCU、DC映画、ウルトラマン、仮面ライダーetc. ヒーローは流行り続け、ポップカルチャーの中心を担っている。だがポストフェミニズムである現在、ヒーローたちは奇妙な屈折なしでは存在を許されなくなった。そんなヒーローたちの現代の在り方を検討し、「ヒーローとは何か」を解明する。

プロフィール

河野真太郎

(こうの しんたろう)
1974年、山口県生まれ。専修大学国際コミュニケーション学部教授。専門はイギリス文学・文化および新自由主義の文化・社会。著書に『新しい声を聞くぼくたち』(講談社, 2022年)、『戦う姫、働く少女』(堀之内出版, 2017年)、翻訳にウェンディ・ブラウン著『新自由主義の廃墟で:真実の終わりと民主主義の未来』(みすず書房, 2022年)などがある。

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