百田尚樹をぜんぶ読む 第1回

今、なぜ百田尚樹を読もうとするのか?

藤田直哉×杉田俊介

 ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家と文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

 

杉田 この対談では、百田尚樹の作品をぜんぶ読んでみます。ぜんぶです。もちろん、まじめに読んでみる。そして全作品について我々でコメントし、論評し、批評していきます。読者の皆さんのことを考えて、ブックガイド的な意味も込めていくつもりです。

 では、なぜそういうことをやってみたいのか。

 近年の百田尚樹は、ネットやメディア上の問題発言で多くの批判や炎上を巻き起こしていますが、もともと彼の小説は、その多くがベストセラーになって、映画やドラマ、マンガになるなどのメディアミックス的な展開が行われてきました。

 これはたんに一部のレイシストやヘイター、あるいはネトウヨやナショナリストたちが百田作品を買い支えている、という話ではすまない。つまり彼の小説は、普通の庶民というか、市井の一般読者の「心」に届いている。そのことを過小評価したり、侮ったりはできないはずです。

 百田尚樹を批判する主にリベラル・左派の人たちは、彼の政治的発言があまりに差別的だったり歴史修正的なものだったりするので、それに対する批判や火消しが先行して(もちろん、それは絶対的に必要な、手間も時間もかかる作業ですが)、彼の小説がまじめに読まれたり、論じられたりする機会は少なかった。

たただものではない小説家

 しかし小説家としての百田は、やはり、ただものではありません。たとえば彼は、読者を飽きさせないために、小説一作ごとにジャンルを変えている。同じジャンルの小説は二度と書かない、という自己内ルールを定めているそうです。

写真提供:リチャード / PIXTA(ピクスタ)

 実際に、戦争小説、短編ファンタジー連作、青春スポーツ小説、昆虫小説、犯罪小説、時代小説、自伝風ピカレスク・ロマン、ショートショート、サイコサスペンス風恋愛小説、大河小説、パロディ小説、ディストピア小説……。

 ほんとうに、あらゆるジャンルを使っていくわけです(ただし、その多様なジャンルを書き分ける器用さが、作品によっては、中途半端になっていたり、不完全燃焼を招いている、というケースもしばしばみられますが)。

 百田は大学を中退した後、放送作家になり、大阪の伝説的な人気テレビ番組『探偵!ナイトスクープ』のチーフライターとして、同番組を長年支えてきました。彼はそこで、視聴者に言葉を届けることの難しさ、一般大衆を楽しませ続けることの難しさを学んできました。

 自分は関西一、テレビのナレーションを書くのがうまいんだ、という自負もあるようですね(『輝く夜』文庫版解説)。その経験を通して培った構成力と語りの力を、長年にわたって磨きあげ、五〇歳でようやく、小説家としてデビューした、ということです。

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百田尚樹をぜんぶ読む

ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家、文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

関連書籍

非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か

プロフィール

藤田直哉×杉田俊介

 

藤田直哉
1983年生まれ。批評家。日本映画大学専任講師。東京工業大学社会理工学研究科価値システム専攻修了。博士(学術)。著書に『娯楽としての炎上』(南雲堂)、『虚構内存在:筒井康隆と〈新しい《生》の次元〉』、『シン・ゴジラ論』(いずれも作品社)、『新世紀ゾンビ論』(筑摩書房)などがある。朝日新聞で「ネット方面見聞録」連載中。文化と、科学と、インターネットと、政治とをクロスさせた論評が持ち味。

 

杉田俊介
1975年生まれ。批評家。自らのフリーター経験をもとに『フリーターにとって「自由」とは何か』(人文書院)を刊行するなど、ロスジェネ論壇に関わった。20代後半より10年ほど障害者支援に従事。著書に『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)、『無能力批評』(大月書店)、『長渕剛論』『宇多田ヒカル論』(いずれも毎日新聞出版)、『ジョジョ論』『戦争と虚構』(いずれも作品社)、『安彦良和の戦争と平和』(中公新書ラクレ)など。

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今、なぜ百田尚樹を読もうとするのか?