百田尚樹をぜんぶ読む 第1回

今、なぜ百田尚樹を読もうとするのか?

藤田直哉×杉田俊介

 やっぱり、百田尚樹の小説というのは、これまで、十分には論じられ批評されてこなかった、と思います(百田の差別性やナショナリズム性を叩くために、イデオロギー批判をあらかじめ前提として『永遠の0』を批判的に解読する、というような作業はたびたび行われてきましたが)。

橋川文三の批評的な営み

 ここで言いたいのは「小説家として面白いところもあるから、彼の差別的でヘイト的で排外主義的な発言は許される」とか「政治と文学は別問題だから切り離して考えるべきだ」とか、そういうことではありません。むしろ、彼の小説の内容と政治的・社会的な発言は、かなり深いレベルで本質的に絡み合っている。百田自身も十分に意識できていないようなレベルで。そこを見つめてみたいんですね。

 百田尚樹という人のそういうところを甘くみると、彼を批判する側も足をすくわれると思う。リベラル左派の人たちには、敵をみくびって侮る傾向がある。そうすると、相手を低く見積もって、他者の複雑な人間性を切り詰めて、レッテルをはってひたすら「敵」を叩く、ということになっていく。それは自分たちの言葉が本来はもちうる複雑な豊かさをも、切り詰めてしまうことでしょう。

写真提供:pramot / PIXTA(ピクスタ)

 たとえばかつて、橋川文三という政治思想史家にして批評家が、保田與重郎を中心とする日本浪曼派の言説を『日本浪曼派批判序説』によって内在的に批評したことがありました。日本浪曼派は芸術によって国家や戦争を讃美した面があり、多くの人が戦中にそれに魅了されたのは非合理的なことだった、と戦後になってから嘲笑された。しかし、多くの人が戦中に浪曼派に魅かれたのは、たんに非合理なことでもバカバカしいことでもなかった、と橋川は考えたんです。そういう批評的な営みを念頭に置いて、現在における百田尚樹の小説や作品に向き合ってみたい。

 それはつまり、小説作品の内在的批評と、我々が生きる時代・歴史・社会の分析とを、同時に、分裂したまま、ジグザグにやっていくことになるでしょう。「政治と芸術」を対立的に考えたり、「アートや芸能は政治的に中立であるべきだ」と考えたりするのではなく、文学・芸術と政治性が不可分に絡み合うようなゾーンで、対象を一段深いところから分析し批評してみる、ということです。

 私たちはこれからも当面、きっと長い間、ヘイトや差別、排外主義の現実と向き合って生きていかねばならないでしょう。その中で「人間」としての最低限の良識を見失わないためにも、様々な形で、様々な角度から、何が現在におけるヘイトや差別や排外主義的な欲望を生み出し、維持し、再生産しているのか、それを考えねばならない。粘り強く。諦めずに。人間への希望を失わずに。そう思っています。

 そのための一つの試みとして、現代のベストセラー作家であり、保守論壇のカリスマ的広告塔であり、メディア上のモンスターでもある百田尚樹という人間の存在と言葉を、正面から「読む」ということをやってみたい。

 そういうふうに考えたんです。

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第2回 
百田尚樹をぜんぶ読む

ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家、文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

関連書籍

非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か

プロフィール

藤田直哉×杉田俊介

 

藤田直哉
1983年生まれ。批評家。日本映画大学専任講師。東京工業大学社会理工学研究科価値システム専攻修了。博士(学術)。著書に『娯楽としての炎上』(南雲堂)、『虚構内存在:筒井康隆と〈新しい《生》の次元〉』、『シン・ゴジラ論』(いずれも作品社)、『新世紀ゾンビ論』(筑摩書房)などがある。朝日新聞で「ネット方面見聞録」連載中。文化と、科学と、インターネットと、政治とをクロスさせた論評が持ち味。

 

杉田俊介
1975年生まれ。批評家。自らのフリーター経験をもとに『フリーターにとって「自由」とは何か』(人文書院)を刊行するなど、ロスジェネ論壇に関わった。20代後半より10年ほど障害者支援に従事。著書に『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)、『無能力批評』(大月書店)、『長渕剛論』『宇多田ヒカル論』(いずれも毎日新聞出版)、『ジョジョ論』『戦争と虚構』(いずれも作品社)、『安彦良和の戦争と平和』(中公新書ラクレ)など。

 
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今、なぜ百田尚樹を読もうとするのか?