百田尚樹をぜんぶ読む 第3回

フィクションとノンフィクション、歴史と物語の曖昧さ

藤田直哉×杉田俊介
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杉田 それから、裁判にもなって完全に敗訴した『殉愛』。これはやしきたかじんとその三番目の妻であるさくらの関係を描いたノンフィクションということになっていますが、すでに『百田尚樹「殉愛」の真実』やネット上での検証など、多くの指摘があるように、ノンフィクションの最低限の作法すら守っていません。関係者にまともに取材もせず、裏も取らず、自分に近い陣営の人々の主張をそのまま鵜呑みにして、いい人/悪い人、被害者/加害者を二元的に分けてしまう。この辺りは後ほど詳しく話し合いましょう。

 さっきの「色々な顔がある」という面で言うと、たとえば『プリズム』という小説では、解離性同一性障害、いわゆる多重人格の青年が主人公になっています。また百田尚樹には、一貫して、女性の整形手術に対する複雑な嫌悪感や恐怖があります。『モンスター』という小説の主人公は、生まれ付きすごく醜くて、整形手術や人体改造を繰り返して、社会の中でのし上がろうとする女性です。

Kopitinphoto / PIXTA(ピクスタ)

 女性の整形手術に対しては、百田氏の中には単純なルッキズム(見た目差別、容貌差別)としか言いようがない無神経で差別的な面もあれば、女性が外見で判断されやすい世の中に対するリアリズム的な諦念もあり、あるいはまた、彼自身の外見に対する自信のなさ、非モテ感、ちょっとした醜貌恐怖のような痛みもあって……それらが複雑な形で投影されている面がありますね。

 それらのいくつもの要素が入り混じって、女性の整形手術に対する屈折したこだわりが生じている、という感じですね。現実的にも、百田尚樹という人間の中には、多重人格的というか整形的というか、キメラ的な多面体(プリズム)の面がどうやらある。

藤田 その辺は後ほど個別の作品を論じるときに、またテーマになってきそうですね。

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百田尚樹をぜんぶ読む

ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家、文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

関連書籍

非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か

プロフィール

藤田直哉×杉田俊介

 

藤田直哉
1983年生まれ。批評家。日本映画大学専任講師。東京工業大学社会理工学研究科価値システム専攻修了。博士(学術)。著書に『娯楽としての炎上』(南雲堂)、『虚構内存在:筒井康隆と〈新しい《生》の次元〉』、『シン・ゴジラ論』(いずれも作品社)、『新世紀ゾンビ論』(筑摩書房)などがある。朝日新聞で「ネット方面見聞録」連載中。文化と、科学と、インターネットと、政治とをクロスさせた論評が持ち味。

 

杉田俊介
1975年生まれ。批評家。自らのフリーター経験をもとに『フリーターにとって「自由」とは何か』(人文書院)を刊行するなど、ロスジェネ論壇に関わった。20代後半より10年ほど障害者支援に従事。著書に『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)、『無能力批評』(大月書店)、『長渕剛論』『宇多田ヒカル論』(いずれも毎日新聞出版)、『ジョジョ論』『戦争と虚構』(いずれも作品社)、『安彦良和の戦争と平和』(中公新書ラクレ)など。

 
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