百田尚樹をぜんぶ読む 第3回

フィクションとノンフィクション、歴史と物語の曖昧さ

藤田直哉×杉田俊介
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ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家と文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

 

杉田 百田さんという人は、一貫してノンフィクションという手法に不思議なこだわりがあります。

『リング』(二〇一〇年、文庫版『「黄金のバンタム」を破った男』二〇一二年)という白井義男やファイティング原田などの、戦後に国民的ヒーローになったボクサーについてのノンフィクション的な作品もありますが、フィクションである『海賊とよばれた男』や『幻庵』にしても、実在した人物をモデルにして、「ノンフィクション・ノベル」と銘打ったりしています。

 とはいえ、彼のいうノンフィクションは、現実と虚構、事実と物語がかなり屈折して、歪んだ結びつき方をしているものが多い。『殉愛』もそうだし、近年のベストセラー『日本国紀』もそうです。

『日本国紀』は日本史の本のはずなのですが、「序にかえて」で堂々と「ヒストリーという言葉はストーリーと同じ語源とされています。つまり歴史とは『物語』なのです。本書は日本人の物語、いや私たち自身の壮大な物語なのです」(三頁)と宣言されている。なんの屈託も躊躇もなく。

 物語と歴史の間の差異や緊張関係が最初からつるっと消し去られている。たとえば『日本国紀』は、ネット上の真偽不明な情報をコピー&ペーストして無断使用し、それが問題視され、版を重ねる度に本の記述が修正され、次々と書き換えられています。

「社会や制度は特定の立場にとって都合のいいように構築されたものである」とする社会構築主義などにおける「歴史/物語」論の場合、正史(正しい歴史)とされる歴史が排除してきたものへの眼差しや、虚構や物語のレベルには回収されない歴史の事実性への批評意識があったのですが、『日本国紀』はいわばそうした社会構築主義のなれの果てとしての、まさに現代のポストトゥルース時代の歴史物語――という感じです。神話・物語と歴史の境界線をあえて無化していて、小説(ノベル)というよりも、ほとんどライトノベル的な日本史と言えるでしょう。

maruco / PIXTA(ピクスタ)

 たとえば百田尚樹の事実上の最初の作品は、『永遠の0』から二〇年ほど前、三〇歳前後の時に書いた『錨を上げよ』という原稿用紙二四〇〇枚もあるものすごく長い習作的な小説です。

 百田氏はこれを「ピカレスクロマン」(悪漢小説)でありつつ「自伝的な要素が強い」と語っているのですが、現実の経歴や年譜的事実と符合する部分も多々あるものの(同志社大学に入学したり、放送作家の職に就くなど)、半分は劇画的なマンガのキャラクターのような感じなんですね。

 ブコウスキーあるいは中上健次の『岬』『枯木灘』の主人公などを意識しているのでしょうか、無頼派的でやたらに喧嘩が強くて……。いちばんはじめの習作的な長編小説が、自伝的であると言いながら、誰がどう見てもマンガのキャラクターようにフィクショナルであるという、そういう奇妙なキメラ的な分裂がもともとあった。

藤田 出版社の人はあれは自伝ではない、と言っていますね(笑)。

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ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家、文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

関連書籍

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プロフィール

藤田直哉×杉田俊介

 

藤田直哉
1983年生まれ。批評家。日本映画大学専任講師。東京工業大学社会理工学研究科価値システム専攻修了。博士(学術)。著書に『娯楽としての炎上』(南雲堂)、『虚構内存在:筒井康隆と〈新しい《生》の次元〉』、『シン・ゴジラ論』(いずれも作品社)、『新世紀ゾンビ論』(筑摩書房)などがある。朝日新聞で「ネット方面見聞録」連載中。文化と、科学と、インターネットと、政治とをクロスさせた論評が持ち味。

 

杉田俊介
1975年生まれ。批評家。自らのフリーター経験をもとに『フリーターにとって「自由」とは何か』(人文書院)を刊行するなど、ロスジェネ論壇に関わった。20代後半より10年ほど障害者支援に従事。著書に『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)、『無能力批評』(大月書店)、『長渕剛論』『宇多田ヒカル論』(いずれも毎日新聞出版)、『ジョジョ論』『戦争と虚構』(いずれも作品社)、『安彦良和の戦争と平和』(中公新書ラクレ)など。

 
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