杉田 たとえば花田紀凱責任編集の雑誌「月刊Hanada」から、『百田尚樹 永遠の一冊』(二〇一七年、飛鳥新社)といういわばヨイショ本が出ています。
読んでみると、ベタな保守論壇にありがちな、左翼批判や沖縄ジャーナリズム批判の記事が延々と掲載されているのですが、そこに突然、百田さんの昔の和やかな家族写真が入っていたり、あるいは百田さんの妻と息子と娘の三人による「百田家の人びと大座談会」が載っていたりするんですね。
藤田 あれを読むと、家族に愛されている憎めないキャラだと感じますよ。あと、部屋が汚いところに共感しました(笑)。
杉田 座談会を読む限りは、和気藹々としていて普通に楽しそうで、家庭内ではきっと普通のいい父親なんだろう、という雰囲気が伝わってきます。
しかし雑誌としては、非常に攻撃的なヘイト記事の横に、穏やかな家族写真や座談会が並んでいるから、すごく奇妙で不気味な感じがする。それは雑誌を仕掛けた出版社や編集者の戦略なのでしょうけれど、この『百田尚樹 永遠の一冊』という本のあり方そのものが、百田尚樹の分裂的な人格性をどこか暗示していますね。
ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家、文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。
プロフィール
藤田直哉
1983年生まれ。批評家。日本映画大学専任講師。東京工業大学社会理工学研究科価値システム専攻修了。博士(学術)。著書に『娯楽としての炎上』(南雲堂)、『虚構内存在:筒井康隆と〈新しい《生》の次元〉』、『シン・ゴジラ論』(いずれも作品社)、『新世紀ゾンビ論』(筑摩書房)などがある。朝日新聞で「ネット方面見聞録」連載中。文化と、科学と、インターネットと、政治とをクロスさせた論評が持ち味。
杉田俊介
1975年生まれ。批評家。自らのフリーター経験をもとに『フリーターにとって「自由」とは何か』(人文書院)を刊行するなど、ロスジェネ論壇に関わった。20代後半より10年ほど障害者支援に従事。著書に『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)、『無能力批評』(大月書店)、『長渕剛論』『宇多田ヒカル論』(いずれも毎日新聞出版)、『ジョジョ論』『戦争と虚構』(いずれも作品社)、『安彦良和の戦争と平和』(中公新書ラクレ)など。