百田尚樹をぜんぶ読む 第7回

実存主義者としての百田尚樹

藤田直哉×杉田俊介
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【杉田】確かに彼は闘争や戦闘における命の燃焼を、いわばポストモダン的なニヒリズムを突き破るものとして尊重しているけれども、同時に、合理性に対する強い信念もありますよね。

 たとえば『ボックス!』でも『リング』でも、ボクシングは野蛮な殴り合いではない、と何度も何度も強調しています。ボクシングは本能むき出しの闘争だけれども、同時に、そこには冷静さや合理性がないと絶対に勝てないんだ、と。このことは、日本精神の象徴とされるゼロ戦や日本刀に対する一貫した彼の批判とも結びついているから、重要でしょう。

 これは誤解されがちなんだけど、百田尚樹はじつは、日本のゼロ戦という戦闘機を批判し続けています。ゼロ戦の「思想」がダメなんだ、と言うんですね。たとえば渡部昇一との対談本『ゼロ戦と日本刀――美しさに潜む「失敗の本質」』(二〇一三年、PHP研究所)でもはっきりそう主張している。 

 というのは、ゼロ戦も日本刀も、防御度外視であり、攻撃しか考えていないからです。それに対し、アメリカの戦闘機は、パイロットが生きて帰還することを前提として、きちんとコスト計算をして作られている。

Graphs / PIXTA(ピクスタ)

 さらに彼は、日本人の悪癖としての言霊信仰を一貫して批判しています。「自分たちがやられる」と考えたり、それを言葉にしたりしてしまえば、実際にやられてしまう。だから負けるとか、死ぬとかいうことは一切言葉にしないし、考えない。

 そういう非合理的な精神の根元にあるのが日本人の言霊信仰であり、その象徴としてのゼロ戦や日本刀である、と言うんですね。こうしたゼロ戦批判は『永遠の0』の中でもはっきり語られています。

 だから彼の中には、命を燃焼させて美しく死ぬことに対して、憧れつつもどこか抵抗があるのではないか。

 将棋よりも碁が好きなのも、その辺に関わるようですね。将棋やチェスは、擬人化されたコマに感情移入できるのに対して、碁はとても非人間的なゲームであり、テリトリー同士の争い、陣地戦なんですよね。人間的な共感を度外視した合理性のようなものに魅かれているのかもしれない。その辺りも含めて、彼は棋士やボクサーをリスペクトしている。

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 第6回
百田尚樹をぜんぶ読む

ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家、文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

関連書籍

非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か

プロフィール

藤田直哉×杉田俊介

 

藤田直哉
1983年生まれ。批評家。日本映画大学専任講師。東京工業大学社会理工学研究科価値システム専攻修了。博士(学術)。著書に『娯楽としての炎上』(南雲堂)、『虚構内存在:筒井康隆と〈新しい《生》の次元〉』、『シン・ゴジラ論』(いずれも作品社)、『新世紀ゾンビ論』(筑摩書房)などがある。朝日新聞で「ネット方面見聞録」連載中。文化と、科学と、インターネットと、政治とをクロスさせた論評が持ち味。

 

杉田俊介
1975年生まれ。批評家。自らのフリーター経験をもとに『フリーターにとって「自由」とは何か』(人文書院)を刊行するなど、ロスジェネ論壇に関わった。20代後半より10年ほど障害者支援に従事。著書に『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)、『無能力批評』(大月書店)、『長渕剛論』『宇多田ヒカル論』(いずれも毎日新聞出版)、『ジョジョ論』『戦争と虚構』(いずれも作品社)、『安彦良和の戦争と平和』(中公新書ラクレ)など。

 
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実存主義者としての百田尚樹