百田尚樹をぜんぶ読む 第16回

『モンスター』

藤田直哉×杉田俊介
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ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家と文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

 

【杉田】この作品は、本当は『輝く夜』よりも前に完成していたんだけど、内容が暗いので、いったん没にしていたそうです。確かに、『輝く夜』の不幸な女性たちと地続きになっていて、彼女たちの人生をさらに救いのない方向へと徹底して、物語的にも突き抜けた、という感じにも読めます。

  ヒロインは未帆という女で、生まれついての「ブス」という設定です。ブス問題は百田にとって、すごく大きい。非常に差別的でもあるんだけど、異様なこだわりがあるんですよね。では、百田にとってルッキズムとは何か。

 ブスという言葉では軽すぎる、「畸形的とも言える醜さ」とも表現されています。バケモン、怪物、ブルドッグ、半魚人、ミイラ女、砂かけババア、デブ、ブタ、ボンレスハム、ブヨブヨ……。

  この人には、外見の醜さというのはほとんど障害のようなものだ、という感覚があるんだと思います。もちろんこれは見様によっては差別的な感覚ですが、やはり彼の中にはそのような感覚がどうしてもある。醜い女性は徹底的に不幸になって、何の救いもない。姿は醜いが心はきれいだから愛される、なんてのは欺瞞でありごまかしなんだと。

  未帆は家族からも毛嫌いされ、学校でも職場でも疎んじられます。この世界は女をどこまでも外見の美醜で価値判断する、そういうものなんだと。そこには、百田の中の女性に対するルッキズム的な差別意識と、現実はそんなものだという庶民的なニヒリズムと、それからおそらく、百田の自分の醜さに対する劣等感や自己嫌悪と、それら三つの水準がないまぜになっているように思えます。

  百田が特にベートーベンを好きなのも、ベートーベンの顔がハンサムとは言えず、疱瘡であばたがあったことと無関係ではないでしょう。そういう醜貌恐怖のような自己嫌悪が、女性の外見的な醜さに対する嫌悪感を増幅させているように見える。

 

Graphs / PIXTA(ピクスタ)

 

 『モンスター』の主人公の未帆は、そこから逆襲して、徹底的に整形手術を繰り返します。整形手術というより、人体改造の域に入っていく。歯を抜いたり、骨を削ったり、性器や乳首を改造したりする。それに対して、生まれ付きの美よりも、徹底的な意志の力によって勝ち取った人工的な美の方により価値がある、と整形の手術を担当した先生は言ってくれるんですね。ダナ・ハラウェイのいうサイボーグフェミニズム的な凄みもちょっとある。こういうところは『ボックス!』の、ナチュラルな天才と合理的な努力家の対比を思い出させます。

 

【藤田】『モンスター』は、僕はかなり面白かった。百田の小説の中でも上位に入ると思う。理不尽に虐げられ、いじめられる立場の苦痛や悲惨さをちゃんと書いているし、整形で外見が変わることで、周りの対応がどう変わるかの残酷さも克明に書いている。

 つまり、これは階層移動の話なんですよね。百田尚樹には、階層を下から上へあがっていく人間を描く小説がいくつもある。この小説は、生来の醜さから最下層にいる女性が、努力して、お金を貯めて、人工的に美を獲得して、恋愛資本主義の階層を上昇していく。その切迫感が素晴らしいです。

  しかし彼女はそれでも、幼い時に守ってくれた男の子に対する、純粋な愛を胸に秘めています。彼の心を射止めるために、わざわざ故郷へ戻って、実際に彼を手に入れるんだけど、それも虚しくて、整形で仮構する前の本当の自分を知ってもらいたい。しかしそれは叶いません。

  努力して階層移動したけど、本当に望んだものは手に入らない。そういう悲惨で悲劇的な物語で、ここでも偽物と本物が混ざり合って葛藤するのがドラマの中心になっています。

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ベストセラー作家にして敏腕放送作家。そして「保守」論客。作品が、発言が、そしてその存在が、これ程までメディアを賑わせた人物がかつて存在しただろうか。「憂国の士」と担ぎ上げる者、排外主義者として蛇蝎の如く嫌う者、そして大多数の「何となく」その存在に触れた人々……。百田尚樹とは、何者か。しかしながら、その重要な手がかりであるはずの著作が論じられる機会、いわば「批評」される機会は思いのほか稀であった。気鋭の批評家、文芸評論家が全作品を徹底的に論じる。

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非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か

プロフィール

藤田直哉×杉田俊介

 

藤田直哉
1983年生まれ。批評家。日本映画大学専任講師。東京工業大学社会理工学研究科価値システム専攻修了。博士(学術)。著書に『娯楽としての炎上』(南雲堂)、『虚構内存在:筒井康隆と〈新しい《生》の次元〉』、『シン・ゴジラ論』(いずれも作品社)、『新世紀ゾンビ論』(筑摩書房)などがある。朝日新聞で「ネット方面見聞録」連載中。文化と、科学と、インターネットと、政治とをクロスさせた論評が持ち味。

 

杉田俊介
1975年生まれ。批評家。自らのフリーター経験をもとに『フリーターにとって「自由」とは何か』(人文書院)を刊行するなど、ロスジェネ論壇に関わった。20代後半より10年ほど障害者支援に従事。著書に『非モテの品格 男にとって「弱さ」とは何か』(集英社新書)、『無能力批評』(大月書店)、『長渕剛論』『宇多田ヒカル論』(いずれも毎日新聞出版)、『ジョジョ論』『戦争と虚構』(いずれも作品社)、『安彦良和の戦争と平和』(中公新書ラクレ)など。

 
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