カマラ・ハリスを生んだアメリカ 第3回

「壁」を破るために進化する ミシェル・オバマ

津山恵子(つやま・けいこ)

「壁」を感じていなかった幼少期、しかし……

米国版Becomingと同じ表紙の装丁。ワンショルダーのドレスは、ブックツアー中も何度もまとっていた。ホワイトハウスを離れて着るものでとやかく言われなくなり、彼女が新たなファッションを見出したことがわかる表紙。『マイ・ストーリー』(集英社 ¥2300)

 ミシェル・オバマ(以下ミシェル)は、このシカゴの黒人ゲットーとされる「サウス・サイド」で生まれ育った。2008年に思い切ってその地を訪れてみた。シカゴ中心部から地下鉄で終着駅まで行き、そこからバスに数十分乗ったが、満員のバスで黒人でないのは私だけだった。終点で降りると、店という店のウィンドウと入口が頑丈な鉄柵で覆われ、商品は小さな小窓で注文し購入するという仕組みだった。強盗対策である。ひとりで歩く危険を改めて認識し、潔くバス停に戻った。

 

 ミシェル一家は、以前は白人労働者階級もいた同地区で、黒人が増え始めた過渡期に住んでいた。ピアノを猛練習し、自宅の庭でファーストキスを経験し、クリスマスはデリバリーのピザを楽しみ、ミシェルは何の「壁」も感じていなかったという。

 黒人であるということを意識させられた最初の体験は、高校の大学進路相談員との面談だった。兄のクレイグ・ロビンソンは、バスケットボールの人気選手で成績もよく、米アイビーリーグのプリンストン大学に進学していた。兄が同大での生活を気に入っているのを見て、ミシェルは同大への進学希望を相談員に伝えた。

 

「『どうかしら』と、彼女は小馬鹿にしたような作り笑いを浮かべた。『プリンストンに入るレベルとは言えないかもね』(中略)あの日、高校で受験カウンセラーの事務室を出た私は怒りに震え、何よりもプライドが深く傷ついていた。その瞬間に頭にあったのは、『今に見てなさい』という思いだけだった。」(ミシェル・オバマ『マイ・ストーリー』より)

 

 6~7カ月後、プリンストン大からミシェルに合格通知が届いた。しかし、『マイ・ストーリー』発売後にブックツアーで全米を回ったようすを記録したドキュメンタリー映画『Becoming』(製作:NetFlix)で、こう語っている。

「あの時のことは、今でも苦い思いがあるの」

https://www.youtube.com/watch?v=wePNJGL7nDU(オフィシャル・トレイラー)

 

「苦い思い」は、大学進学で終わったわけではない。

 2008年の大統領選挙戦中からファーストレディになった後まで、ミシェルに対する個人攻撃は絶え間なく続いた。選挙集会のステージ上で、ミシェルとオバマがフィスト・バンプ(拳と拳を合わせるグータッチ)をした際、保守系ケーブルニュース局FOXニュースのアンカーが「フィスト・バンプだって? テロリストの拳ジャブ?」とコメントした。白人の間でさえ「よし!」という意味で、フィスト・バンプは当たり前になっている。「テロリスト」と揶揄されたのは、2人が黒人で、危険な人種だという偏見が根強いからだ。

 オバマ一家がホワイトハウス入りしてからも、保守系タブロイド紙「ニューヨーク・ポスト」の記事には日々驚かされた。「ノースリーブのドレスを着て、二の腕を誇張しすぎる」「ベルトをバストの真下にするのは、ニュースタイルか」「J・クルーを着るファーストレディ登場!」。ミシェルが公式行事に出る度に、これでもか、という反響や非難が巻き起こる。彼女がホワイトハウスにいた間、人種的要素に加え、自分のスタイルや意見がはっきりとしている女性がどれほどのバッシングに合うのか、見せつけられた。

 2008年11月4日、シカゴの夜空では米国の暗い過去や偏見がガラガラと崩れていくような気がしたものだ。しかし一方で、黒人一家がホワイトハウスにいるという事実を、保守派の政治家、論客、アンカーだけでなく、信じられないほど多くの米国民が嫌悪していた。

次ページ   ミシェルとヒラリーの違いとは
1 2 3
 第2回
第4回  
カマラ・ハリスを生んだアメリカ

女性として、黒人として、そしてアジア系として、初めての米国副大統領となったカマラ・ハリス。なぜこのことに意味があるのか、アメリカの女性に何が起きているのか――。在米ジャーナリストがリポートする。

プロフィール

津山恵子(つやま・けいこ)

ジャーナリスト、元共同通信社記者。米・ニューヨーク在住。2003年、ビジネスニュース特派員としてニューヨーク勤務。 06年、ニューヨークを拠点にフリーランスに転向。米国の経済、政治について「AERA」、「ビジネスインサイダー」などで執筆。近著に『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社)がある。

集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル
プラスをSNSでも
Twitter, Youtube

「壁」を破るために進化する ミシェル・オバマ