ミシェルが打ち出した独自の「道」
こうした逆境の中でも、ミシェルは揺るがなかった。ビル・クリントン元大統領のファーストレディであるヒラリーは、当時、夫の医療制度改革のタスクフォースでリーダーとなり、批判にさらされた上、改革も挫折した。ロースクールの最高峰であるハーバード大ロースクールを卒業し、ヒラリーと同じように弁護士だったミシェルが同様に「政治に参画するのか」。リベラル派は大きな期待を込めて、保守派は歯をむき出すように、虎視眈々と見ていた。が、ミシェルは、第二のヒラリーにはならなかった。
その代わり、ミシェルは慎重にファーストレディとしての仕事を選び、見出し、構築していった。以下が、彼女が打ち出したユニークな仕事の一部だ。
- 子どもの3分の1が太り気味か肥満という問題を解消するため、子どもたちに向けた食育活動「レッツ・ムーブ!」を立ち上げた。ホワイトハウス敷地内に菜園を造り、『セサミストリート』に出演するなど全米に訴えた。肥満を減らすことで成人病を防ぎ、オバマが推進していた医療保険制度改革を下支えする目的もあった。(これは現在のファーストレディ、ジル・バイデンに引き継がれた)
- オバマとの海外訪問中、オバマが職務で行くことのできない“市民の場”に顔を出した。例えば2009年G20の際、ロンドンの貧困地区にある黒人や少数民族の女子進学校を訪問し、講演用メモを無視して「みなさんは、かけがえのない存在」と感動的なスピーチを残した。
ファーストレディといえば、過去は、オスカー・デ・ラ・レンタのスーツに身を包み、晩餐会を準備し、ホワイトハウスに兵士やその家族を招き、いつも静かに微笑んでいる――まさに、大統領の「影」のような存在だった。ミシェルは、その印象を覆した。「派手だ」「軽率だ」という非難を跳ね返す計算し尽くした信念を持っていた。その上で『セサミストリート』に出演し、エルモと野菜の種をまき、家事に忙しいママたちの健康のためにデザインされたダンスをトークショーで披露した。
ミシェルは確実に、過去のファーストレディが崩せなかった「壁」を背に、独自の道を歩んでいた。
演説に定評があったオバマに引けを取らない力強いスピーチ力を備えていたのも、ファーストレディとしては初めてだったかもしれない。先述のドキュメンタリー映画『Becoming』を観ると、講演用原稿なしのブックイベントや座談会において、短いセンテンスで真実をつき、人を惹きつける能力に長けていることが分かる。
「アファーマティブ・アクション(筆者註:積極的是正措置、歴史的にマイノリティとされてきた黒人などの入学や就職を優先すること)といえば、実はいろんな種類があります。(中略)でも貧しい黒人である、となった途端に、アファーマティブ・アクションを利用していると言われます」
「私は、貧しくて労働者階級出身の若い人たちに伝えたい。肌の色に関わらず、『ここは、あなたのいる場所じゃない』と言う人たちには耳を貸すべきではありません。彼らは、自分たちが何の権利があってそんな口をきけるのかすら、理解していないんです」
(ブックイベントの対談から)
ミシェルはまたブックツアーの他に、人種的マイノリティの出身である若者との座談会を各地で開いた。
ある高校で、ヒスパニック系の女子生徒が、ミシェルにこう打ち明けた。
「私は今、勉強の他に働いています。父が怪我をしてしまって。それに兄弟が3人いるんです。彼らは私が持っているすべての財産です。だから働いています」
ミシェルは、彼女の言葉を遮り、潤んだ目でこう言った。
「今、あなたはそれだけのことを、まるで何でもないかのように語った。それが、あなたの強さ、それが、あなたなのよ」
女子生徒の目が大きく見開いた(『Becoming』より)。
彼女は、『マイ・ストーリー』執筆とブックツアーを通して、確実にファーストレディではない、別の自分自身を見出している。オバマが大統領を退任したことで、政治家の妻ではなくなり、ファーストレディを卒業し、人種的要素や彼女の個性を理由に不当な攻撃に遭うこともほぼなくなった。
その代わり、若い、特に人種的マイノリティを鼓舞するため、対話を続けている。
「次に何をするの? 聞かれます。若い人たちと一緒に活動を続けます」(『Becoming』より)
また、ホワイトハウス菜園の延長として、NetFlixの子供向け食育番組『ワッフル・アンド・モチ(Waffles + Mochi)』に出演している。人形のワッフルとモチが、世界中を旅して、「食とは、食事とは何なのか」を探求する。彼らは料理をしたことがないという設定で、有名シェフから料理や栄養について学ぶ。
https://www.youtube.com/watch?v=PS4EGZJLNLs(オフィシャル・トレイラー)
実は、ミシェルと同じ年に生まれたカマラ・ハリス副大統領は、非常に近い生き方をしている。労働者階級出身ながら、2人とも人種的マイノリティであることを恐れないように、育てられた。与えられた場所で、人にはできない仕事やプロジェクトを積極的に見出し、信念を持って突き進む面も似ている。さらに、2人ともキャリアを通じて、人種的マイノリティと女性を支援することに力を注いできた。
そして、常に前を見て、進むところもそっくりだ。ファーストレディと現職副大統領という世界のトップに立った2人だが、彼女らの生き方は、世界中の男女が目指すことができるロールモデルだ。
「54歳の私はまだ発展途上で、これからもずっとそうありたいと思う」(『マイ・ストーリー』より)
世界中で偏見や大衆主義による分断が広がる中、人種的マイノリティの側から「壁」を崩し続けているミシェルやカマラ・ハリス。彼女らこそが、今日、真に必要とされているリーダーといえる。
※次回は5月5日配信予定です
(バナー使用写真:vasilis asvestas / Shutterstock.com)
女性として、黒人として、そしてアジア系として、初めての米国副大統領となったカマラ・ハリス。なぜこのことに意味があるのか、アメリカの女性に何が起きているのか――。在米ジャーナリストがリポートする。
プロフィール
ジャーナリスト、元共同通信社記者。米・ニューヨーク在住。2003年、ビジネスニュース特派員としてニューヨーク勤務。 06年、ニューヨークを拠点にフリーランスに転向。米国の経済、政治について「AERA」、「ビジネスインサイダー」などで執筆。近著に『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社)がある。