アメリカ中の目が覚めるような出来事
2020年春に始まった新型コロナウイルスの感染拡大で、ニューヨーク州は厳しいロックダウン(都市封鎖)を実施した。
レストランの屋外飲食が許可された9月、ジェニーヴァと私が再会した際の最大の話題は同年の大統領選挙であり、全米を揺るがしていた「ブラック・ライブズ・マター(BLM、黒人の命は大切だ)」運動であった。そのなかで「白人特権」の話になり、ジェニーヴァは最近になって「あれが白人特権だった」と自覚した事件が過去に2つあったと打ち明けた。
- 9歳の頃、小学校で学級委員長の選挙があり、白人の男子が立候補した。クラスメート35人のうち、白人は8人だけだったが、ジェニーヴァは「男子だけが立候補するのはおかしい」と言って、黒人の女子らに立候補を勧めた。結局、彼女たちは立候補する気がなく、ジェニーヴァが立候補した。
「自分は当たり前だと思って立候補した。でも、当時のことを思い出すと、あれこそが私が最初に行使した白人特権の例だと思う。少数派なのに男子も女子も立候補したのが白人だったとはね」
- ニューヨークのセレブが集まるレストランでテーブル案内係として働いていたとき、上司にあたるマネジャーが黒人の男性だった。彼は年上だったが、大抵のお客はジェニーヴァがマネジャーであるかのように話しかけてきた。マネジャーは「いつものことだよ。白人だから黒人より偉い上司だと思う。そういうのを『マイクロアグレッション(自覚がない差別)』というんだ」と教えてくれた。
「これらのことを『差別』だと認識しない限り、2021年になっても差別はなくならない。黒人は、それが差別であると白人に説明するのにウンザリしている。差別をなくしていくのは黒人の仕事ではなくて、私たち、白いアメリカ人がやるべきことだと思う。その意味で、2020年のBLMは多くの人にとって目が覚めるような出来事だった」
2021年4月。ジェニーヴァと私は、黒人男性ジョージ・フロイドを殺害したとされる元白人警官デレク・ショービン被告の裁判に釘付けになっていた。中西部ミネソタ州で起き、BLM運動が燎原の火のように広がるきっかけとなった事件の公判で、法廷内からのテレビ中継が連日続いていた。
私は、ジェニーヴァに問いかけた。「公判を見て、人種差別主義者が考えを改める可能性はあるだろうか」。彼女は即座にこう言った。「イエス、もちろん」
「目撃者の証言を聞けば、フロイドのことを知りもしなかったのに、彼の死がトラウマになっていることが分かる。フロイドの肌が何色だろうと、薬物中毒だろうと、何よりもまず人間だったことが分かる。一人の人間が、ああいう死に方をするのは間違っている。殺しました、でも薬をやっていて問題がある人間でした、だから殺していい、と誰かが決めていいわけがない」
同月20日午後5時過ぎ、陪審員らはショービン被告に有罪評決を下した。白人警官が黒人を殺害して有罪となるのは、2000件に1件という(ニューヨーク・タイムズによる)。ジェニーヴァは私に「BLMは、目が覚めるような出来事だった」と言った。それが、多くの人々にとっても同じであったことが証明された、歴史的な瞬間だった。
女性として、黒人として、そしてアジア系として、初めての米国副大統領となったカマラ・ハリス。なぜこのことに意味があるのか、アメリカの女性に何が起きているのか――。在米ジャーナリストがリポートする。
プロフィール
ジャーナリスト、元共同通信社記者。米・ニューヨーク在住。2003年、ビジネスニュース特派員としてニューヨーク勤務。 06年、ニューヨークを拠点にフリーランスに転向。米国の経済、政治について「AERA」、「ビジネスインサイダー」などで執筆。近著に『現代アメリカ政治とメディア』(東洋経済新報社)がある。