中東から世界を見る視点 第1回

台頭するイランとシーア派

川上泰徳
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 中東の混乱が止まらない。2017年3月で6年目となったシリア内戦は、一体、どこに向かうのか。イラクとシリアで進む「イスラム国」(IS)掃討作戦の行方も見えない。紛争、難民、テロという中東の問題は、地域にとどまらず、そのまま世界の問題となる。
 中東情勢は、中東の国々と中東に関わる国々の相互作用で生まれる。米国が加わり、ロシアが加わり、日本もまた中東情勢をつくる構成要素の一つである。中東には世界を映す舞台がある。米国の政策はワシントンで決まるかもしれないが、それを世界に見せるのは中東なのである。本コラムでは、中東情勢を読み解きながら、日本を含めた世界の動きを追っていく。

 第1回はイランとシーア派について書く。
 ニュースの表にはほとんどでないが、シリア内戦であれ、ISであれ、いまの中東情勢を見る上で、重要な鍵を握っているのはイランとシーア派である。ISのように戦闘的なイスラム組織がイラクやシリアのスンニ派地域で勢力を広げた背景には、イラク戦争とシリア内戦を経て、シーア派大国のイランとシーア派民兵がイラクとシリアで強大な影響力を持ち、スンニ派勢力を抑圧したことへの反動という要因が大きい。

イスラムのジハードに「国境」はない

 シーア派についての私の直近の記憶は、2016年9月、シリアの隣国レバノンの首都ベイルートでの、シーア派組織「ヒズボラ(神の党)」についてだ。ベイルート南郊のパレスチナ難民キャンプ「シャティーラ」を訪ねた時、難民キャンプに入る手前の地区の路地で、ヒズボラのナスラッラ党首の写真が添えられた若い兵士の大きなポスターを見た。若者の名前の前に「シャヒード(殉教者)」とアラビア語で書かれていた。

ベイルートのシーア派地区の街角にあったヒズボラ殉教者のポスター(撮影・川上泰徳。以下同)

 ポスターの近くにあった小さなカフェの店主に、殉教した若者について聞いた。店主は30代半ばで、殉教した若者は近くに住んでいたが、2016年春にシリアで死んだという。若者は店主よりも10歳ほど年下で、個人的にも知っていたと語った。2015年に初めてシリアに行った時は戻ってきたが、翌16年に再び行き、殉教したというニュースが入ったためポスターが貼られたという。ヒズボラは2013年春から、シリア内戦でアサド政権を支援するために地上部隊を送っていた。ポスターの殉教者は兵士の服を着ているが、レバノン兵士ではなく、ヒズボラの戦闘員である。

「若者がシリアで死んだことをどのように思っているのか」と店主に聞いた。「ジハード(聖戦)に行けば死ぬこともある」と店主は淡々と答えた。私は、若者が祖国のレバノンではなく、外国であるシリアで死んだことについてどのように思うかと聞いたつもりだったが、店主は、シリアで死んだことは問題にもしなかった。

 私は、レバノンの組織ヒズボラが国外のシリアの内戦に介入し、レバノン人の戦士がシリアで死んだことに問題性を感じていたが、シーア派の人々にとっては、国の違いは問題にならないということだ。私は、戦争について無意識に国と国との戦いを前提としているが、イスラム教徒はそうではない。そのことは、頭ではわかっていても、このようなやりとりで改めて気付かされる。イスラムの「ジハード」は近代国家の枠組みを前提としているわけではなく、イスラム共同体を防衛するための戦いである。ましてや「シリア」「レバノン」「イラク」というような、西欧諸国が線引きした現在の国境線の枠によって、イスラムのジハードが縛られるわけではない。

 シリア内戦ではイランの革命防衛隊がアサド政権を支援し、その指揮下にあるともいえるヒズボラの戦士やイラクのシーア派民兵がシリアで戦っている。シーア派のジハードが国境を超えていることは、スンニ派の過激派組織ISのジハードがイラクやシリアという国境を超え、さらにアラブ世界、欧米、アジアから3万人を超える外国人がISの支援に入っていることと、対で考えなければならない。

 ISがイラクとシリアの国境を越えて「カリフ国」の樹立を宣言したことをもって、1916年に英仏ロシアがオスマン帝国の分割を約した「サイクスピコ協定」への挑戦や破棄である――などという捉え方が喧伝されているが、私たちが現在考えているような近代的国家の枠組みを超えているのは、ISだけではない。シーア派も同じである。

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第2回 
中東から世界を見る視点

中東情勢は、中東の国々と中東に関わる国々の相互作用で生まれる。米国が加わり、ロシアが加わり、日本もまた中東情勢をつくる構成要素の一つである。中東には世界を映す舞台がある。中東情勢を読み解きながら、日本を含めた世界の動きを追っていく。

関連書籍

「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。元朝日新聞記者・中東特派員。中東報道で2002年ボーン・上田記念国際記者賞。退社後、フリーランスとして中東と日本半々の生活。著書に『「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)、『イラク零年』(朝日新聞社)、『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)など。共著に『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)。

 
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