中東から世界を見る視点 第2回

トランプの「失言」、ネタニヤフとアッバスの「思惑」 ――パレスチナ「和平プロセス」の行方

川上泰徳

「和平」の実現より「プロセス」の継続

 パレスチナ紛争に関して、トランプ政権で何らかの和平合意が実現するという期待は薄い。「和平合意の実現」という公約を掲げて登場したオバマ大統領ですら、何ら成果をあげることはできなかった。トランプ大統領は、就任前から、イスラエルの米国大使館を現在のテルアビブからエルサレムに移転させることを公言してきた。また、ネタニヤフ政権が求めてきた、イスラエルを「ユダヤ人国家」と認定することにも支持を示し、パレスチナ問題を悪化させかねない発言を続けてきた。

 ただし、「中東和平プロセス」に関わる米国の役割として重要なことは、「和平」の達成ではなく「プロセス」を継続することだと、常に言われる。トランプ大統領も、アッバス議長をホワイトハウスに招いたことで、中東和平に貢献することを使命としてきた歴代の米国大統領の行動に倣って、「和平プロセス」を継続する姿勢だけは示したと言える。

 オバマ政権からトランプ政権への移行期に、米国のイスラエル・パレスチナ問題への関与として話題になったのが、ユダヤ人入植地問題である。

 オバマ氏は大統領就任後、和平交渉の障害となっている入植地建設に対して、反対の姿勢を明確に打ち出した。ネタニヤフ政権は抵抗し、米・イスラエル関係は「史上最悪」と言われるまでになった。オバマ氏は、任期第2期ではネタニヤフ政権との関係修復に動いたが、大統領の任期切れまで1カ月となった2016年12月、国連安保理でイスラエルの入植活動を非難する決議案が採決された時、米国は拒否権を行使せず棄権したため、決議案は採択された。最後の最後に、オバマ氏がネタニヤフ首相に強い不信感を抱いていたことを感じさせた。

東エルサレムにイスラエルが建設したユダヤ人入植地(撮影・川上泰徳)

「一国解決」か「二国解決」か

 トランプ大統領は、2017年2月中旬、ネタニヤフ首相との会談後の記者会見で「入植活動を少し控えるように」と控えめな注文をつけたが、この首脳会談では、トランプ大統領の別の発言が物議をかもした。「二国解決であれ、一国解決であれ、私は双方が望むならどちらでもよい」という発言である。

 オバマ政権がイスラエルの入植活動を非難する安保理決議に拒否権を行使しなかったことについて、当時のケリー国務長官やパワー米国連大使は「(入植活動は)米国が目指してきた二国解決の実現を危うくする」という声明を出した。トランプ大統領が「二国解決にこだわらない」と発言したのは、「二国解決」を強調してネタニヤフに仇をなしたオバマ政権と、自分とは違うと言いたかったのかもしれない。

「二国解決」とは、イスラエルとパレスチナが国家として共存するという、これまでの「和平プロセス」の基本である。トランプ氏は「一国解決」と言う言葉を、単に、パレスチナ国家を認めないという意味で言ったつもりかもしれない。しかし、パレスチナ問題における「一国解決」とは、パレスチナをユダヤ人国家とアラブ人国家に分割するのではなく、一つの国として、アラブ人もユダヤ人も同じ国民として、平等の権利を持って生きさせるという解決策のことである。

 ユダヤ人の左派の中には、パレスチナにユダヤ人国家を建設するというシオニズムを否定し、アラブ人との共存を主張する人々がいる。それは、PLOがパレスチナ全土解放を掲げていたころの主張でもある。現在でも、イスラエルがヨルダン川西岸に入植地を拡大し続けてパレスチナ国家の樹立が困難になる状況のなか、パレスチナ人からは「パレスチナ国家を認めないならば、イスラエルはヨルダン川西岸を併合すればいい。平等な同じ国民として一つの国でやっていこうじゃないか」という声が出てくる。

 つまり、「一国解決」は、イスラエル独立の根拠となった1947年の国連パレスチナ分割決議の否定となる。パレスチナ国家の否定というだけでなく、ネタニヤフ首相が求める「ユダヤ人国家」としてのイスラエルの否定でもある。トランプ大統領は知らなかったのかもしれないが、イスラエルのシオニズムを信奉する大多数の人々は、パレスチナ国家を認めるかどうかに関わらず、「一国解決」を語ることはない。

「二国解決でも一国解決でも、どちらでもいい」というのは、トランプ氏の不見識と能天気さを示す発言であり、米大統領としては「失言」である。その同じ会見で、トランプ氏がネタニヤフ首相に「入植活動を少し控えて欲しい」と求めたとしても、入植地の問題をどこまで理解しているのかと疑問を持たざるを得ない。

 そのような不規則発言はあったにしても、トランプ氏は自らも言っているように、歴代の米大統領の中で最も親イスラエルの大統領になるだろう。政治や外交の経験がないトランプ大統領にとって、娘イバンカさんの夫でユダヤ人実業家クシュネル氏の存在は大きい。大統領選挙キャンペーンで、トランプ氏と親イスラエルロビーを橋渡ししたとみなされ、トランプ政権でも最も影響力を持つ人物である。当然、イスラエル・パレスチナ問題への対応でも重要な役割を担うことになるだろう。

 トランプ大統領が和平合意を実現する方向で動くと思えないのは、イスラエルに何らかの圧力をかけて、パレスチナとの間の和平を仲介するという動きが想像できないためだ。しかし、遅ればせながらアッバス議長をホワイトハウスに招いて会談したのは、「パレスチナから紛争が始まらないように危機管理をすることは、米大統領としての使命だ」ということを、就任後に理解したということだろう。

次ページ  アラファトとアッバスの違い
1 2 3 4
 第1回
第3回 
中東から世界を見る視点

中東情勢は、中東の国々と中東に関わる国々の相互作用で生まれる。米国が加わり、ロシアが加わり、日本もまた中東情勢をつくる構成要素の一つである。中東には世界を映す舞台がある。中東情勢を読み解きながら、日本を含めた世界の動きを追っていく。

関連書籍

「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。元朝日新聞記者・中東特派員。中東報道で2002年ボーン・上田記念国際記者賞。退社後、フリーランスとして中東と日本半々の生活。著書に『「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)、『イラク零年』(朝日新聞社)、『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)など。共著に『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)。

 
集英社新書公式Twitter 集英社新書Youtube公式チャンネル

プラスをSNSでも

Twitter, Youtube

トランプの「失言」、ネタニヤフとアッバスの「思惑」 ――パレスチナ「和平プロセス」の行方