中東から世界を見る視点 第2回

トランプの「失言」、ネタニヤフとアッバスの「思惑」 ――パレスチナ「和平プロセス」の行方

川上泰徳

アラファトとアッバスの違い

 トランプ、ネタニヤフ、アッバスという役者を見れば、トランプ政権での「和平プロセス」は、大統領任期中に紛争が噴き出さないように「プロセス」を継続する、という以上のことは期待できないというしかない。

 米国が本気で中東和平を実現しようとすれば、リスクを負うことになる。2000年8月、クリントン大統領がイスラエルのバラク首相とアラファト議長を米キャンプデービッドに招いて、最終合意を念頭に置いた和平協議を仲介した。しかし、交渉が決裂したことで、同年9月に第2次インティファーダが起こった。オバマ大統領が和平実現のためにイスラエルの入植活動を押さえようとして、ネタニヤフ政権との関係を悪化させたことは、既に書いた。

 何があっても「中東和平」を実現しようという熱意が、トランプ、ネタニヤフ、アッバスの3氏には感じられない。アッバス議長は、「オスロ合意」の秘密交渉をPLO側で統括した人物である。PLOがイスラエルを認めず武装闘争をしていた時代から、イスラエルとの「二国家共存」を目指して和平の道を探ってきた、穏健な現実和平派でもある。

 それに対して、ネタニヤフ首相は「反オスロ派」であり、オスロ合意後も「パレスチナ国家」の樹立に反対してきた人物である。オバマ政権の圧力を受けて、2009年に初めて条件付きでパレスチナ国家を認める旨の発言をした。しかし、トランプ政権になって「和平」圧力がなくなれば、「二国家共存」を実現する方向に動くとは思えない。

 オスロ合意では、ガザとヨルダン川西岸の都市エリコでパレスチナ人の自治を始めることだけが決まっていた。入植地問題、エルサレムの帰属、難民の帰還などは、自治実施と拡大の後に始まる「最終地位交渉」にゆだねるとされ、パレスチナ問題のすべての重要な課題を棚上げした合意だった。

 オスロ合意に対する批判はPLO内部にも強かったが、それが実施されたのは、パレスチナの闘争を担ってきたアラファト議長が受け入れたためである。合意に不満を表明するパレスチナ人が「アブアンマール(アラファトのゲリラ名)が決めたのだから」というのを何度も聞いた。オスロ合意を受け入れたアラファト議長との間でパレスチナ問題の最終解決を実現できなかったことは、パレスチナだけでなく、イスラエルにとっても千載一遇の機会を逃したということであろう。

 アッバス議長は、アラファトとともに解放闘争を始めたPLO第1世代の中では最も若いメンバーだ。パレスチナ人の間では、アラファトを支えた実務家の一人という印象であり、解放闘争の闘士とは認識されていない。トランプ大統領がネタニヤフ首相と一緒になってアッバス議長に圧力をかけ、イスラエルに有利な和平合意を受け入れさせたとしても、アッバス議長には合意をパレスチナ人に受け入れさせる影響力がないので、和平は形骸化するだけとなる。

 82歳のアッバス議長としても、強硬派のネタニヤフ首相の圧力の下で合意すれば、パレスチナ側から「裏切り者」呼ばわりされるだけである。ネタニヤフ首相とアッバス議長では政治的な距離が大きすぎるし、オバマ政権の間も、ネタニヤフ首相とアッバス議長の間でまともな和平交渉は行われていない。トランプ大統領も、双方を促して和平合意を仲介するようなシナリオを描くことはできないだろう。

 アッバス氏のこれまでの実績は、2012年に、国連総会への参加資格をそれまでの「オブザーバー組織」から「オブザーバー国家」に格上げするよう求め、130カ国以上の賛成で承認されたことである。アッバス氏は欧州諸国にも「国家」として承認するよう働きかけている。

 しかし、この動きは、イスラエルとは無関係に行われている。いくらパレスチナ国家を承認する国々が増えても、ヨルダン川西岸と東エルサレムでイスラエルの新しい入植地が増え続けている現実の前では、何ら意味を持たない。敵とも味方とも対決を避ける、現実政治家であるアッバス氏らしい手法ともいえるが、パレスチナ国家として承認を得ても、日々、占領と向き合っているパレスチナ人にとって実質的な意味はないのである。

 アッバス議長にとっての関心事は、パレスチナ危機の暴発を押さえるということだろう。必要なのは、ここでも、「和平」の実現ではなく「プロセス」の継続である。PLOの中で最も「親米・親イスラエル」のアッバス議長は、治安関係で米国、イスラエルとの間に強いパイプを持っているとされる。

 入植地建設が進み、二国家共存がますます困難になる中で、パレスチナ人の不満も募っている。東エルサレムやヨルダン川西岸では、2015年秋から、パレスチナの若者がナイフでイスラエル兵を襲う事件が繰り返されている。襲撃に組織的な背景はないといわれているが、大規模な動きになっていくかどうかは予断を許さない。第3次インティファーダのような事態になれば、アッバス議長ら古参幹部が主導権を持っているPLO主流派ファタハの現在の指導部では、全く対応できないだろう。

 ネタニヤフ首相にしても、パレスチナ危機は避けなければならない。トランプ氏が米大使館のエルサレム移転を掲げ、早々とネタニヤフ首相との首脳会談も行いながら、エルサレム移転への具体的な動きは起こってこない。イスラエルメディアには「移転することでパレスチナ人の反発が起こることは避けられず、それが重大な治安の悪化に結び付きかねないなど不安定要因があるため、イスラエルのほうから移転に対する慎重論が出ている」との報道がある。

パレスチナ危機と中東危機

 かつて、パレスチナ危機は中東危機の最大要因だった。しかし、2001年の9・11からイラク戦争へ至る流れや、2011年のアラブの春、その後のシリア内戦、イスラム国(IS)樹立など、いずれもパレスチナ問題と関係のない危機である。これを見る限り、パレスチナ問題の重要性は下がっていると思わざるを得ない。

 しかし、第1次インティファーダ(1979年)は、1990年、91年の湾岸危機・湾岸戦争の前であり、第2次インティファーダ(2000年)は、9・11の前年である。2011年に「アラブの春」が噴き出す前の2009年1月には、イスラエル軍によるガザに対する大規模な攻撃があった。繰り返される中東危機の前に、まずパレスチナ危機が始まるという状況が繰り返されている。

 2011年に若者たちの反乱として始まったアラブの春は、エジプトの軍事クーデターやシリアのアサド政権の武力行使などによって、力で抑え込まれた。『「イスラム国」はテロの元凶ではない』(集英社新書)で書いたように、私は、ISもアラブの春の流れにあるものと位置付けているが、そのISも、2016年後半以降、イラクとシリアでの掃討作戦で守勢に立たされている。2011年に噴出した危機は、ここへきて力によって封じ込められた形だ。

 中東を10年区切りで概観すると、「前半に大きな危機が起こり、その収拾で混乱するが、後半は力で抑え込まれる」という傾向を繰り返してきた。2010年代も、また同じパターンになっていると言わざるを得ない。現在の状況は、人口の半分以上を占める20代、30代の若者たちの不満や怒りを力で抑え込んだだけである。怒りのもととなった格差拡大や自由の欠如、腐敗の蔓延などは何ら是正されていない。このままでは、いずれ新たな危機が噴き出してくることは避けられない。トランプ政権が不用意に米大使館をエルサレムに移せばパレスチナ危機となり、それが中東危機の引き金を引くことになるだろう。

 トランプ大統領は、パレスチナ問題で米国が果たさねばならない役割について十分に説明を受けているだろう。ネタニヤフ氏とアッバス氏は、「和平実現」は無理でも、危機管理ということでは利害は一致しているはずである。トランプ氏も、自らが危機の火付け役にならないように、より慎重にならざるを得ないだろう。

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中東情勢は、中東の国々と中東に関わる国々の相互作用で生まれる。米国が加わり、ロシアが加わり、日本もまた中東情勢をつくる構成要素の一つである。中東には世界を映す舞台がある。中東情勢を読み解きながら、日本を含めた世界の動きを追っていく。

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「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。元朝日新聞記者・中東特派員。中東報道で2002年ボーン・上田記念国際記者賞。退社後、フリーランスとして中東と日本半々の生活。著書に『「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)、『イラク零年』(朝日新聞社)、『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)など。共著に『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)。

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