中東から世界を見る視点 第2回

トランプの「失言」、ネタニヤフとアッバスの「思惑」 ――パレスチナ「和平プロセス」の行方

川上泰徳

ハマスが「1967年境界の国家」を認知

 2017年5月に報じられた2つのニュースのもう一つは、イスラム組織ハマスが、ヨルダン川西岸とガザでパレスチナ国家を樹立することを支持する「政策文書」を発表したことである。文書が発表されたのはトランプ・アッバス首脳会談の2日前となる5月1日であり、それも意識したものであろう。

 文書は、「諸原則と全般的政策文書」というタイトルのアラビア語の文書である。全42項目の「原則」が記述され、パレスチナ国家については第20項で登場する。以下は全文訳である。

第20項 どんなに占領が続こうとも、どんな圧力があり、どんな状況でも、どんな理由であっても、われわれはパレスチナの土地の一片たりとも放棄することはない。ハマスは地中海からヨルダン川にいたるパレスチナの全土の完全解放に代わる、いかなる代替案も拒否する。我々はシオニズム体制を認知することも、パレスチナ人のいかなる権利を放棄することも意味しないが、ハマスは、難民と避難民が元いた家に帰還することを合わせて、1967年6月4日(注・第3次中東戦争)の境界上に、完全な独立と主権を有し、エルサレムを首都とするパレスチナ独立国家を樹立することを共通の民族的なコンセンサスとみなしている。

 ハマスのこれまでの憲章では、パレスチナの全土解放しか記述していない。第3次中東戦争前、つまり占領前の1967年境界におけるパレスチナ独立国家を「共通の民族的なコンセンサス」として政治目標とするのは初めてである。ただし、私は2006年ごろ、ヨルダン川西岸ヘブロンのハマス指導者から、イスラエルがヨルダン川西岸、東エルサレム、ガザから撤退すれば「長期的な停戦」に応じる用意がある、という考えを聞いたことがある。

 今回、ハマスが「1967年境界上のパレスチナ独立国家建設」を「民族的なコンセンサス」としたことは、1988年に、PLOが同じく1967年国境からのイスラエルの撤退を求め、パレスチナ国家の独立を宣言した「パレスチナ独立宣言」に匹敵するものである。PLOの独立宣言でも、イスラエルの認知は明記されていないが、闘争はイスラエルの占領に対する戦いとして再定義されており、事実上、イスラエルとの共存を認めたものと評価された。

ヨルダン川西岸のパレスチナの村に入ってきたイスラエル軍の車両と兵士(撮影・川上泰徳)

 今回のハマスの政策文書も、解放闘争を「1967年境界からのイスラエル軍の排除」に再定義する意味を持つことになるだろう。入植地の拡大によって、パレスチナ国家樹立による「二国家共存」というこれまでの和平プロセスが不可能になっている、という情勢判断があり、それに対して、ハマスとして「二国家共存」を表に出して闘争をしていくという意思表明であろう。

「1967年境界上のパレスチナ独立国家建設」を「民族的なコンセンサス」とみなすということは、ハマスが、ヨルダン川西岸と東エルサレムという「1967年境界」に武装闘争を限定する、と読むことができる。ハマスの戦術転換は、PLOとパレスチナ自治政府が、実体のないパレスチナ国家の承認を国際社会に求めるという、占領の現実から遊離した戦術をとっている弱点を突いている。さらに2007年以来、ガザを実効支配しているという“実績”をもとに、現在、自治政府が支配しているヨルダン川西岸と東エルサレムで実体的な影響力を広げる目的があるのではないかと考える。

ヨルダン川西岸にイスラエルが建設した分離壁(撮影・川上泰徳)

 ハマスはこれまで、イスラエル本土でイスラエルの民間人を死傷させる自爆テロを繰り返してきたが、それはイスラエル全土を解放対象としていたためである。その武装闘争を「1967年境界」の内側に限定し、そこにいるイスラエル軍やユダヤ人入植地を攻撃することで占領との闘いを展開し、「パレスチナ国家」につなげようという意図が感じられる。

 同じ考え方は、第2次インティファーダで武装攻撃を行ったファタハの中堅世代に、もともとあったものだ。ファタハ中堅世代のリーダーで、2002年以来、イスラエルに拘束されているマルワン・バルゴーティ氏(57)に拘束前にインタビューしたが、「闘争を1967年境界の内側に集中させるべきだ」と明確に語っていた。その考え方は、オスロ合意によって武装闘争を放棄したファタハ指導部の方針と矛盾する。アッバス氏のような穏健派は武装闘争を否定していたが、バルゴーティ氏はアラファト議長がいる議長府にも出入りしていた人物だ。アラファト議長は、ファタハ内の和平派と武闘派の両方を自身の手駒として使っているように感じた。

 ハマスの戦術転換は、これまでに達成したガザでの支配を土台にして、攻勢に出るためのものだろう。ハマスの困難は、支配がガザで封じ込められ、ヨルダン川西岸では自治政府に抑え込まれていることだ。ハマスが「1967年境界上のパレスチナ国家」を語るのは、ヨルダン川西岸での闘争に関与することを示している。アッバス議長ら自治政府指導部に対抗し、獄中のバルゴーティ氏らファタハ中堅世代と連携して、国家樹立の闘争を始める地ならしということになるだろう。

 ハマスの政策文書の発表は、「1967年境界上のパレスチナ国家」を樹立するための、武装闘争宣言という意味を持ってくるかもしれない。第25項では「武装闘争を中心として、あらゆる手段と方法による占領との闘いは国際法によって保障されている権利であり、パレスチナ人の権利を守り、回復する」と記されている。

 オスロ合意ともつながる「和平プロセス」は、米国が仲介し、イスラエルとパレスチナとの交渉を通して、1967年境界に基づいた二国家共存を実現することを目的としている。しかし、トランプ、ネタニヤフ、アッバスの3者が何も動かすことができなければ、パレスチナから「対占領闘争」という危機が噴き出すのは避けられないとも思えてくる。

 

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中東情勢は、中東の国々と中東に関わる国々の相互作用で生まれる。米国が加わり、ロシアが加わり、日本もまた中東情勢をつくる構成要素の一つである。中東には世界を映す舞台がある。中東情勢を読み解きながら、日本を含めた世界の動きを追っていく。

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プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。元朝日新聞記者・中東特派員。中東報道で2002年ボーン・上田記念国際記者賞。退社後、フリーランスとして中東と日本半々の生活。著書に『「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)、『イラク零年』(朝日新聞社)、『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)など。共著に『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)。

 
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