中東から世界を見る視点 第4回

モスル陥落後の「イスラム国」はどうなる

川上泰徳
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「民間人の犠牲を顧みない軍事作戦」の悲惨な実態

 私はISが「カリフ国樹立」の宣言を行った直後に、イラク北部アルビルの外れにできた、モスルから逃げてきた人々の難民キャンプを取材した。キリスト教徒やクルド人などと共に、スンニ派の警官や、その家族が目立った。警察関係者はシーア派政権下で治安維持にあたっていたため、ISとISを支持するスンニ派勢力がモスルを支配したことで身の危険を感じ、モスルを脱出したのだった。

 2014年6月にISがモスルを制圧し、「イスラム国」の樹立を宣言し、厳格で排他的なイスラムを強制した後、シーア派教徒やキリスト教徒、モスルの西方のシンジャルに住んでいたヤジ―ディ教徒などの少数派は、大挙して難民化した。これはISによる「迫害」のためである。一方、2016年10月以降、有志連合による空爆の援護を受けたイラク軍のIS掃討作戦という「戦争」によって、IS支配下のモスルに住んでいた多くの住民が難民化した。

 国際的人権組織アムネスティ・インターナショナルの2017年7月の報告書では、モスル奪回作戦の第2段階として同年2月以降に始まったモスル西側での攻勢で、60万人の国内難民が出たとする。アムネスティが現地からの情報をもとに集計した、有志連合による空爆やイラク軍の砲撃による民間人の死者(2月19日~6月19日)は「5805人」と、驚くような数字が出ている。

 ISとの「テロとの戦い」の下で、民間人の犠牲に配慮しない空爆が行われ、それがおびただしい民間人の犠牲と大規模な国内難民を生み出している。その実態について、アムネスティの報告書では、3月17日にモスル南部のジャディーダ地区で起きたことが事例として挙がっている。ISの2人の狙撃手が、イラク対テロ特殊部隊の進軍を阻んでいたところに、有志連合が午前8時から午後5時まで空爆を繰り返し、ビルが崩壊するなどして、少なくとも105人の民間人が犠牲になったという。軍事作戦を遂行するためには、民間人の犠牲を顧みないという「対テロ戦争」の悲惨な実態を垣間見ることができる。

 有志連合やイラク軍は、住民が巻き込まれる理由として、ISが住民を「人間の盾」にとっていると主張している。アムネスティも、モスル西部で避難しようとする住民をISが銃撃し、数百人の住民が死んだと報告している。しかし、たとえそのような状況であっても、軍事作戦を実施する際には非戦闘員の安全を確保する措置をとることが求められ、それを無視すれば、戦争犯罪の可能性がでてくる。

ISは「外部勢力」ではない

 欧米でも日本でも、イラク第2の都市であるモスルが「ISという外部勢力」に支配されていて、IS掃討作戦はモスルを解放する戦いだ、という見方が横行してきた。そこから、外部勢力に協力した「IS家族の排除」という発想が出てくる。しかし、「ISという外部勢力」というとらえ方自体に誤りがある。

 私は著書「「イスラム国」はテロの元凶ではない」で指摘したが、IS指導者のバグダディはイラク人であり、2014年にイラクとシリアにまたがる「カリフ国」を宣言した時、2人の副官がいて、それぞれイラク側の責任者、シリア側の責任者とされた。いずれもイラク軍の元将校だった。その下に、軍事委員会などでサダム・フセイン体制を支えた治安情報機関や軍情報部の将校が名前を連ねていた。イラク戦争後、米軍占領当局はフセイン体制を支えていた治安情報部の関係者をすべて公職から追放したが、IS指導部の構成を見る限り、旧治安情報機関がISを支えているという構図が浮かび上がる。

 ISが掲げる排他的で厳格なイスラム主義体制は、アラブ社会主義のバース党が指導したフセインの世俗派体制とは異質であり、イラク戦争後にスンニ派地域に入ってきたものだった。しかし、IS支配を担ったのは「外部勢力」ではなく、イラクの治安情報機関であり、軍将校であり、さらにISと共闘したスンニ派の部族だった。

 イラクの治安情報機関は、サダム・フセインという独裁者の下で不穏分子を排除し、治安を維持するテクノクラートだった。彼らは、ISが掲げる排他的で厳格なイスラム主義体制の下でも、体制を維持するという役割を果たしたということである。ISといえば「狂信的な組織」というイメージが強いが、サダム・フセイン体制の2人の元軍将校が副官を務めていることを考えれば、狂信的なイスラムの実施を「統治の手法」として採用している組織と考えたほうがいいだろう。

 2014年6月にISがモスルを6日間の戦闘で陥落させたのは、当時、スンニ派部族関係者が言ったように、シーア派主導の中央政府の抑圧に対してスンニ派民衆と部族が強く反発し、ISと共闘し、結果的にIS支配体制が実施されることになったためである。それは、イラクのスンニ派勢力がISの排他的で厳格なイスラム主義を「統治の手法」として採用したということであって、外部勢力であるISの支配に従属したことを意味しない。

 イラクのスンニ派地域で武力を持つのは、人的な結束の枠組みとなる部族である。フセインは、スンニ派の有力部族から軍や治安情報機関の主要メンバーを採用して、自らの地位を固めた。モスルを州都とするニナワ州がIS支配の拠点となったのは、部族長と部族出身の旧軍や情報機関の将校が、IS支配を担ったためである。

IS参加の動機は「カネと仕事」

 IS支配が過酷であっても、その外にあるのは、スンニ派を敵視するシーア派民兵が幅をきかせるシーア派主導の政権、またはクルド人民兵が支配するイラク北部のクルド地域政府である。シーア派やクルド人の支配が民主的ということはない。スンニ派民衆は、IS体制のもとで迫害されないかぎり、IS支配のもとで留まるしかなかったということである。

 さらに、ISに参加した若者たちには、経済的な理由もあった。イラクの失業率は15%台である。石油収入が国の収入の9割以上を占め、政府関係の就労が大きな割合を占めるイラクでは、政府を押さえるシーア派の住民はコネがあれば政府関係の就職もあるが、それがないスンニ派地域の失業率は、全国平均の倍になるといわれる。特に若者(15~24歳)の失業率は、2014年で平均35%であり、全体の失業率の倍以上となる。スンニ派地域での若者の失業率となれば、6割、7割に達すると想像できる。

 2015年夏、トルコから違法に地中海を渡るシリア難民が大きな問題になった時、私はイスタンブールで難民たちを取材したことがある。シリアのみならずイラクからの難民も多かった。イラク難民はすべてスンニ派地域からきた若者たちであり、「仕事がない」と訴えた。

 ISにはアラブ諸国や欧米から計3万人の戦士が参入しているとされるが、その参入の理由について様々な推測がある。レバノンの調査機関が2015年春、ISなどイスラム過激派組織に参加して拘束された者たちのインタビューをもとに、動機を探った調査がある。その中で、「イラク・シリアの内部参加者」については、「社会的地位(金銭・就労など)」が55%で、「責任感」と「復讐」がそれぞれ14%で続いた。半分以上の若者が、ISに参入することで支払われる給料や就労機会を求めているわけで、失業率が非常に高いイラクのスンニ派の若者たちの状況を映す結果となっている。

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中東情勢は、中東の国々と中東に関わる国々の相互作用で生まれる。米国が加わり、ロシアが加わり、日本もまた中東情勢をつくる構成要素の一つである。中東には世界を映す舞台がある。中東情勢を読み解きながら、日本を含めた世界の動きを追っていく。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。元朝日新聞記者・中東特派員。中東報道で2002年ボーン・上田記念国際記者賞。退社後、フリーランスとして中東と日本半々の生活。著書に『「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)、『イラク零年』(朝日新聞社)、『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)など。共著に『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)。

 
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