中東から世界を見る視点 第5回

ムスリム同胞団と米国

川上泰徳
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ムスリム同胞団は、なぜメディアから「消えた」のか

 かつて連日のようにニュースに登場した「ムスリム同胞団」という言葉が、いまでは聞かれることがほとんどなくなった。

 2011年の「アラブの春」で次々と強権体制が倒れた後、民主的選挙でチュニジアとエジプトで同胞団系政党が第1党となり、世界の注目を集めた。2012年6月には、エジプトで同胞団出身のムルシ大統領が民主的選挙で軍出身候補を破り、同国初の文民大統領となった。

カイロのタハリール広場を埋めた、ムスリム同胞団支持者の大規模デモ (2012年8月。撮影・川上泰徳)

 同胞団は1928年にエジプトで創設された、イスラム社会を実現しようとする社会政治組織である。チュニジアのナハダ運動、パレスチナのハマス、イラクのイスラム党、ヨルダンの立憲運動など、ほとんどのアラブ諸国に同胞団系の組織があり、現在でも政治に参加している国もある。

 アラブの有力国であるエジプトでムルシ大統領が誕生したのは、「同胞団時代」の到来を思わせたが、1年後の2013年7月、軍のクーデターでムルシ大統領は拘束、排除された。軍が任命した大統領による暫定政権を経て、翌2014年の大統領選挙でクーデターを率いたシーシ国防相が大統領に選ばれ、現在に至る。シーシ政権の下でほとんどの同胞団幹部は逮捕され、同胞団も非合法化された。関連組織の病院や診療所、幼稚園、慈善組織も解散させられたり、政府の監視下に置かれたりしている。

 同胞団の活動が表に出ることはなく、メディアでも「同胞団の存続の危機」などという観測が出ている。しかし、同胞団がメディアや社会の表に出ないのは政府によって抑えられて見えなくなっているだけで、どの程度の影響力が残っているのかは分からない。主な同胞団幹部や活動家は、刑務所にいるか、トルコに逃れて亡命生活をしているかのどちらかで、海外メディア関係者がエジプト国内で同胞団関係者と接触することは、ほぼ不可能に近い。

 私が知る限りでは、同胞団は、「アラブの春」以前のムバラク時代に行っていた貧困救済や医療などの慈善活動や社会活動は停止している。刑務所にいる数千人のメンバーの家族の支援と、軍クーデター後のムルシ支持デモへの武力排除で犠牲になった数百人の犠牲者の家族への支援は続けているという。

米国がエジプトへの援助を中止

 同胞団がどの程度の影響力を保持しているのかを見る上で、興味深いのは、米国トランプ政権による、同胞団の「テロ組織」指定がいまだになされていないことだろう。

 トランプ氏は選挙運動の時から「イスラム過激派テロの根絶」を掲げ、選挙戦中の2016年9月に国連総会に出席したシーシ大統領と会談し、「テロとの戦い」での協力を示した。2017年1月の就任当時から、ムスリム同胞団を、アルカイダや「イスラム国(IS)」ともつながる「テロ組織」として指定するのは時間の問題と見られていた。

 それがいまだに指定されないことについて、2月あたりから「トルコにいる同胞団の幹部が米国で政権や議会にロビー活動を行い、それが成功した」という見方が広がった。

 さらに8月22日、米国はエジプトへの1億9500万ドル(約215億円)の軍事援助と9570万ドル(約106億円)の経済援助の供与を「人権上の懸念のため」中止または留保することを決めた、と報じられた。米国高官筋の情報としてニュースが流れたのはトランプ大統領の娘婿クシュナー大統領上級顧問のエジプト訪問直前で、シーシ大統領との会談は行われたものの、シュクリ外相との会談はキャンセルされた。エジプト外務省は、「米国の措置は、エジプトが安定することの重要性についての正確な理解を欠いた誤った判断である」との声明を出した。

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中東情勢は、中東の国々と中東に関わる国々の相互作用で生まれる。米国が加わり、ロシアが加わり、日本もまた中東情勢をつくる構成要素の一つである。中東には世界を映す舞台がある。中東情勢を読み解きながら、日本を含めた世界の動きを追っていく。

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プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。元朝日新聞記者・中東特派員。中東報道で2002年ボーン・上田記念国際記者賞。退社後、フリーランスとして中東と日本半々の生活。著書に『「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)、『イラク零年』(朝日新聞社)、『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)など。共著に『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)。

 
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