中東から世界を見る視点 第4回

モスル陥落後の「イスラム国」はどうなる

川上泰徳

ISのテロは首都バグダッドに集中する

 アバディ首相はモスル奪回で「イスラム国は終わった」と勝利宣言したが、それはISが支配していた都市を破壊し、IS戦闘員も民間人の区別もなく空爆して、戦闘員を都市から排除し、民間人を退去して難民化させただけである。まさに「焦土作戦」であり、ISにとってモスルが失われただけでなく、イラク政府にとってもモスルは失われたのである。2016年秋の時点で、ISを排除した都市から難民化したまま戻ることができない人々が100万人にのぼるという数字が出ていた。今回は、モスル全体で国内難民が90万人というから、全体で200万人近い難民が出ることになる。それが、イラクでのIS掃討作戦の実態である。

「モスル奪還」後も、スンニ派の都市が破壊されたままで、スンニ派民衆の生活が荒廃した状況が続く限り、人々がISから離れることはないだろう。そんなスンニ派の民衆の不満を背景に、ISのテロは首都バグダッドに集中することになるだろう。バグダッドの中にはスンニ派地域があり、広大なIS支持地域とつながっている。

 IS支配地域で都市が破壊されたら、アラブ諸国や欧米から来ている3万人ともいわれる外国人戦士はどうするのか。シリア側のISの都ラッカの攻防戦に移る者もいるだろうし、残っている支配地域に回る者もいるだろう。地図でみるかぎり、イラクとシリアにはまだ広大なIS支配地域が残っており、IS戦士がすぐに逃げ出して世界に拡散するような状況とは思えない。

 イラクでもシリアでも、スンニ派住民の苦難が続き、ISを支持する空気がある限り、そこはISの外国人戦士たちにとって居心地のよい場所である。逆にいえば、もしイラクで政府がスンニ派との関係を正常化し、一方のシリアでも内戦を終わらせて、スンニ派も内戦後の国づくりに参加するプロセスが始まれば、スンニ派の人々にとって、外国から来たIS戦士は、自分たちの安全と平和を害する存在となるだろう。

モスルでの無差別な破壊が、ラッカでも繰り返される

「モスル奪還」によって、世界の関心はシリアのラッカに移るだろう。ラッカでは2016年11月から、米軍主導の有志連合がクルド人主体の「シリア民主軍(SDF)」地上部隊を使って掃討作戦が始まった。2017年に入ってからは、有志連合の空爆によって民間人の死者が急増している。シリアで民間人の死者を集計しているシリア人権ネットワーク(SNHR)は2017年1月~6月の民間人死者を5381人と発表した。内訳は、アサド政権軍による死者2072人(39%)に次いで有志連合の空爆による死者が1008人(19%)であり、ISによる857人(16%)、ロシア軍による641人(12%)を上回っていた。

 2016年の1年間の市民の犠牲は1万6913人で、アサド政権軍が52%、ロシア軍が23%、ISが9%、有志連合が3%という内訳だった。有志連合による民間人の死者が占める割合は、16年の3%から17年前半の19%へと急増している。特に、6月初めにラッカ市街部への侵攻作戦を開始して以来、一層、激しい空爆が行われている。

 ラッカのデジタルニュースサイト「ラッカは静かに殺される(RBSS)」は、6月17日、「ラッカといわゆる『解放戦争』」という見出しで、「(有志連合の)ラッカ焦土作戦が始まって一週間たったが、空爆から逃れることはできないし、ISのナイフにも慈悲はない」と書いた。RBSSは反欧米サイトではなく、IS支配に抵抗するために地元のジャーナリストグループが2014年4月に立ち上げたものであり、これまで、ISによる活動家などの不当な拘束を告発してきた。それが、有志連合のISとの戦いを厳しく批判しているのだ。

 同じくRBSSは、6月21日、「私たちが知っているシリアは過去のものだ」というタイトルで、「ラッカ市は焦土作戦を行う有志連合とその同盟者(シリア民主軍)による組織的な破壊を受けている。民間人に対するあらゆる人権侵害に対しても非難を受けることはない。SDFとその支援者は、市民を守り、テロリズムを排除する戦いの中で、ISが4年間の戦争の中で行ったよりも多くの民間人を殺した。何という皮肉だろう! 何がテロリズムの定義なのか?」と書いている。

 モスルでの無差別な破壊が、ラッカでも繰り返されている。有志連合の空爆が援護する地上部隊は、クルド人主体のSDFである。ラッカもスンニ派の都市だが、欧米軍とクルド人という「外部勢力」による制圧が行われている。ラッカが破壊され、IS戦士が排除され、住民が難民化するのは時間の問題である。

 モスル、ラッカというISの都が力で排除されても、イラクとシリアでISと結びついたスンニ派の受難は救いようもなく深まっている。中東はイラン革命、湾岸危機、9・11米同時多発テロ、「アラブの春」、ISの出現など、大規模な噴火を繰り返してきた。国際社会は、パレスチナ問題、強権独裁、宗派対立、政治的な腐敗など中東に蔓延する問題を解決しないまま常に力で抑え込み、その結果、次の危機が噴き出すという不毛なサイクルを繰り返してきた。モスル、ラッカでのIS掃討の手法を見ると、我々が気付かないところで、すでに次の危機の秒読みが始まっているように思える。

 

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中東から世界を見る視点

中東情勢は、中東の国々と中東に関わる国々の相互作用で生まれる。米国が加わり、ロシアが加わり、日本もまた中東情勢をつくる構成要素の一つである。中東には世界を映す舞台がある。中東情勢を読み解きながら、日本を含めた世界の動きを追っていく。

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。元朝日新聞記者・中東特派員。中東報道で2002年ボーン・上田記念国際記者賞。退社後、フリーランスとして中東と日本半々の生活。著書に『「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)、『イラク零年』(朝日新聞社)、『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)など。共著に『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)。

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