同胞団は多様であり、一律に「テロ組織」に指定できない
前述の「ザ・ヒル」紙には、ティラーソン国務長官が米下院歳出小委員会でエジプトのNGO規制法を批判した同じ日に、下院外交委員会の予算関連質疑で、共和党議員からムスリム同胞団のテロ組織指定について「トランプ政権には指定する計画があるのか」と質問された記事が載っている。
記事によると、ティラーソン長官は次の2つの理由を挙げて、同胞団組織を一律でテロ組織に指定することに難色を示したという。①同胞団はその地域の国々で、暴力的組織から非暴力的組織まで多様な形態を持つ組織である。②米国との間で親密な二国間関係を持つ多くの国々で、選挙に参加して選ばれて政治的な役割を果たしている。
ティラーソン長官は次のように語った。
「ムスリム同胞団は500万人のメンバーを有するとされているが、その組織内でかなりばらつきがある。同胞団組織の中でいくつかの組織は暴力とテロを行使しており、我々はそのような組織を『テロ組織』に指定している。一方、同胞団でも最高に優れた人々は、いくつかの政府に参加している。彼らはバーレーン議会の議員でもあるし、トルコの同胞団メンバーの中にも政府に参加している者がいる」
「同胞団を全体として『テロ組織』に指定することについては、我々とバーレーン政府との関係や、同胞団が受け入れられている他の国々と米国との関係の複雑さを理解してほしい。それらの同胞団は暴力やテロを放棄している。このことは、同胞団を全体としてテロ指定することについて難しい問題の一つである」
隠された要点
この問題でも、トランプ大統領の個人的パフォーマンスと、米国の国家としての対応に齟齬があるように思える。しかし6月の段階で米国務省は、同胞団を「テロ組織」に指定することは、米国の中東政策にマイナスと判断していることが分かる。ティラーソン長官の言葉の意味を解説するならば、同胞団系列では、パレスチナのハマスのように武装闘争やテロを行使する組織を個別に「テロ組織」として指定しているが、バーレーンやトルコでは同胞団メンバーが議会や政府に参加している非暴力の合法的存在なので、テロ指定はできないということである。他にもアラブ諸国では、モロッコ、アルジェリア、チュニジア、ヨルダン、レバノン、イラク、クウェート、バーレーン、カタールなどに合法的な同胞団系政党やメンバーがいて、議会や政府に参加している。
ただし、ティラーソン長官のこの発言は、意図的に論点をすり替えているように思える。問題は、同胞団系組織を一律で「テロ組織」指定することではなく、同胞団の本拠地であるエジプトの「ムスリム同胞団」を指定するかどうかの問題だからだ。
ティラーソン長官の下院委員会での発言の全容は分からないが、「ザ・ヒル」紙で紹介されている2つの理由にはあがっていない、別の要点がある。
一つは、パレスチナのハマスを「テロ組織」としたように、なぜ、エジプト政府が求めている「ムスリム同胞団」を個別に指定しないのか、という問題。もう一つは、欧州や米国にもある同胞団系組織の存在である。
エジプトの政治犯が「ニューヨークタイムズ」に寄稿
ワシントンにある親ユダヤ系の「中東報道研究機関(MEMRI)」は、2017年3月に「ムスリム同胞団が、米国で、トランプ政権が同胞団をテロ組織指定することを阻止するためのロビー活動組織を創設した」とするリポートを出した。
リポートによると、トルコに拠点を置く同胞団幹部で、ムルシ政権の計画・国際協力相であるアムル・ドラグ氏が中心となって、トランプ政権が同胞団をテロ組織と指定しないようにするため、米国議会で同胞団のイメージを向上させるように様々な分野で接触や働きかけを行ったり、議会メンバーとの関係をつくったり、米国の法律会社や宣伝会社を雇うなどのロビー活動をすることを決めたという。
MEMRIのリポートでは、ロビー活動が成功した一例として、2017年2月、「ニューヨークタイムズ」のオピニオン面に、エジプトの政治犯収容刑務所で服役中の同胞団スポークスマン、ゲハード・ハッダード氏の「私はムスリム同胞団のメンバーであり、テロリストではない」とする寄稿が掲載されたことをあげた。
その寄稿の発信地は「エジプト・トーラ」とあり、「私はエジプトの最も悪名高い(トーラ)刑務所の独房の暗がりからこれを書いている。私はここに収監されてすでに3年になる」と始まる。「私たちはテロリストではない。ムスリム同胞団の哲学は、社会的公正と平等、法の支配などの価値を強調するイスラムの理解によって支えられている」とし、ムバラク政権下でも「我々が他の政党との連立や独立系候補として議会に参加したことは、我々が合法的な変化と改革を目指してきたことの証である」としている。
さらに、エジプト革命後に政権を取得した同胞団政権については、ハッダード氏はこう書いている。「私たちは国の中の腐敗に対応するのに、十分な用意ができていなかった。私たちは政府の中で改革をしようとし、街頭での民衆の反対運動を無視してしまった。私たちは間違っていた。これまでに私たちが間違っていたことを指摘する多くの本が書かれている。しかし、公平な事実に基づいて分析をするならば、我々は基本的に力の行使には反対してきた。我々の誤りはたくさんある。しかし、暴力の誤りは犯していない」
MEMRIは、米国世論に大きな影響力を持つ「ニューヨークタイムズ」紙にこうした寄稿が掲載されること自体が、同胞団による米国でのロビー活動の成果としている。
来日していたハッダード氏
ハッダード氏は、ムルシ政権の時に同胞団が創設した与党「エジプト自由公正党」相談役兼ムスリム同胞団経済復興計画運営委員として、2013年2月に国際協力機構(JICA)の招きで来日している。外務省のサイトにも、一行が阿部外務大臣政務官を表敬した時の記録が残っている。
http://www.mofa.go.jp/mofaj/annai/honsho/seimu/abe/egypt_20130205.html
同サイトの記事には、「ハッダード相談役一行は,日本の招きに感謝するとともに、今次訪日は日本の高い技術や発展した社会の制度を学び,エジプトの人材開発や革新的技術を通じた成長につなげることを目的としている」と述べたとある。
当時は、アルジェリア南部でのテロで日本人技術者が犠牲となった事件が発生した直後で、ハッダード氏は、テロで日本人が犠牲になったことに哀悼の意を示した。そして、阿部政務官との間で「テロはいかなる理由があろうとも許されない旨述べ,あらゆるテロを非難し、テロ行為に宗教が利用されることは許されない」ということで意見の一致を見たという。
ハッダード氏の来日に際して、当時、私も同氏との意見交換会に参加したことがある。JICAの関係者からは、ハッダード氏が来日時に「私たちは岩倉使節団です」と言って、自分たちを、明治初期に欧米を訪問した使節団に例えたという話を聞いた。各省庁などを回って熱心にメモをとり、翌日までに前日の訪問で聞いたことについての質問を用意するなど、非常に研究熱心で驚いたという話も聞いた。
ハッダード氏は現在、テロリストとして終身刑を受け服役中であるが、「ニューヨークタイムズ」紙も、ハッダード氏が実際にテロに関わっていた可能性があれば「テロリストではない」という寄稿を掲載することはないだろう。
なお、MEMRIは「中東報道研究機関」と中立的な名称を掲げているが、エジプトのムスリム同胞団を「テロ組織」に指定すべきだという立場からの情報収集であり、そのような政治的意図に基づいた分析になっている。
ISと同胞団を区別せよ
米国の、より中立的なシンクタンク「ブルッキングス研究所」は、2017年4月、「ムスリム同胞団はテロ組織か?」というシャディ・ハミド研究員のコメントをサイトに掲載した。
同研究員は、「トランプ政権のメンバーの中には、ムスリム同胞団を外国テロ組織に指定させようとする動きがある」とする。そのうえで「ISのようなテロ組織はイスラム主義者の中では極右に位置するが、ほとんどのイスラム主義者は同胞団のように主流派に属する。主流派は国民国家を受け入れ、国民国家の枠組みの中で活動する。そのような組織は革命に身を投じたり、テロ攻撃に参加したりはしない」と、過激派のISと主流派のムスリム同胞団とを区別する必要性を説く。そして、「米国で同胞団を研究している専門家の間では、一人として、同胞団をテロ組織に指定することに賛成する者はいない」と言い切っている。
さらにコメントは続く。「同胞団とテロリズムを結びつけることは、ISのプロパガンダに協力することになりかねない。ムスリム同胞団系の政党は議会選挙に参加しているが、ISは現行の政治プロセスの中で変化をもたらすという考え方を否定し、その代わりに暴力と野蛮な力の行使を促す。もし米国が、ISのような過激派とムスリム同胞団のような主流派との区別をしないならば、政治的なプロセスにイスラム主義者が参加する場所はない、という(過激派の)考え方を支持することになる」
中東情勢は、中東の国々と中東に関わる国々の相互作用で生まれる。米国が加わり、ロシアが加わり、日本もまた中東情勢をつくる構成要素の一つである。中東には世界を映す舞台がある。中東情勢を読み解きながら、日本を含めた世界の動きを追っていく。
プロフィール
中東ジャーナリスト。元朝日新聞記者・中東特派員。中東報道で2002年ボーン・上田記念国際記者賞。退社後、フリーランスとして中東と日本半々の生活。著書に『「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)、『イラク零年』(朝日新聞社)、『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)など。共著に『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)。