中東から世界を見る視点 第5回

ムスリム同胞団と米国

川上泰徳

チュニジア、リビアでの同胞団弾圧と、その後

 MEMRIの記事が書くように、同胞団が自らのイメージを上げるために米国議会やメディアに対してロビー活動や宣伝活動を行っていることは間違いない。だが一方で、同胞団のイデオロギーはアルカイダやISと同根であるとして「同胞団はテロ組織」と宣伝したり、テロ組織指定を求めたりするロビー活動も山ほどある。エジプトのシーシ政権が、同胞団を「テロ組織」として弾圧している論理も同様である。

 シーシ政権にとって、同胞団は実際の政治的な脅威であり、それゆえに、ISと同様に「テロ組織」として排除しているということである。しかし、いくら弾圧しても、「アラブの春」でムバラク政権が倒れた後、軍政下で行われた民主的な議会選挙で4割の議席をとった同胞団の社会的影響力を抹殺できるわけではない。イスラムとしての社会の在り方が、政府の統治よりも広く、深く、強いために、いくら政府の権限を強化しても、すべてを支配することにはならないということだろう。

 エジプトの軍クーデター後の徹底的な同胞団弾圧は、チュニジアでのベンアリ政権の手法に通じるものがある。

 ベンアリ政権は、1987年から2011年まで24年間にわたって、強権的な手法で、同胞団系イスラム政治組織「ナフダ運動」を弾圧する政策をとった。イスラムの名を掲げた慈善運動を完全に禁止し、チュニジア国内でのナフダ運動の活動は封じ込められた。しかし、失業青年の焼身自殺に端を発した若者たちのデモが首都チュニジアで広がり、ベンアリ大統領は亡命することになった。その後、2011年10月の憲法制定議会選挙で、ナフダ運動が41%の議席を獲得して第1党となったのだ。

 リビアでも、42年間のカダフィ体制下で、ムスリム同胞団組織が地下組織として存続し、革命後の議会選挙で議会内の第2勢力となった。カダフィ体制下は、チュニジアのベンアリ政権以上に過酷な秘密警察が支配する密告社会で一切の政治的自由が存在しなかったため、同胞団は英国に逃げた亡命組織しかいないと思われていた。しかし、革命後に同胞団関係者に取材をしてみると、強権体制の下で秘密の社会組織として存続し、「アラブの春」による若者たちのデモが始まった時に、組織としてデモに参加することを幹部会で決定したという経緯を聞いて驚いた。

 いまのエジプトのムスリム同胞団をめぐる状況も、今後、NGO規制法でさらに強権化が進めば、かつてのチュニジアやリビアの状況に似てくるだろう。しかし、エジプトがイスラム社会である以上、イスラムに基づく貧困救済などを完全に否定することはできないのだから、社会組織としての同胞団は残り、強権が行き詰まれば、社会の紐帯の中からまた影響力を回復するだろう。ブルッキングス研究所のコメントにある「ムスリム同胞団のような主流派」とあるのは、イスラムに基づいた社会活動が一般民衆とつながっている強さを示している。

このままでは1990年代の繰り返しだ

 米国が同胞団を「テロ組織」指定するかどうかが、中東の同盟国であるエジプトと米国の友好関係の問題だけなら、トランプ政権が指定をためらう必要は何もない。実際に、トランプ大統領とシーシ大統領は、最初から互いに相手を称賛し、息があっているという印象である。しかし、この問題は、米国の安全保障が関わってくる問題であり、二国間の外交関係を超えている。

 米国の安全保障にとって最大の脅威は、いまでも、2011年の9・11米同時多発テロが再発することである。

 1990年代に、中東での親米強権政権による反対派弾圧と排除を米国は黙認し、支援した。過激派は中東で抑え込まれてしまい、その結果、攻撃の対象を欧米に移したというのが9・11の背景である。

 湾岸戦争で親米アラブ国家が米国と共にイラクと戦ったことで、戦後はエジプト、アルジェリア、サウジアラビアなど中東諸国でイスラム過激派の武装闘争が始まった。しかし、90年代半ばまでに権力によって武力で抑え込まれた。さらに政権側は、選挙参加路線を続けるムスリム同胞団も弾圧し、軍事法廷で裁くという強権手法をとった。その結果、アルカイダの理論的指導者でエジプトの過激派「ジハード団」指導者だったアイマン・ザワヒリは、1997年以降、それまでの「近い敵­(=中東の各政権)」へのジハードを優先する戦略から、「遠い敵(=米国)」へのジハードを重視する戦略への転換を行った。その転換が9・11という対米テロに帰結した。

 9・11の後、米国のブッシュ大統領はアフガニスタン戦争、イラク戦争へと「対テロ戦争」を進めたが、イラク戦争後の2003年11月、中東の民主化を求める新中東政策を打ち出し、次のように演説した。

「欧米が中東における自由の欠如を許し、受け入れてきた60年間は、何ら我々を安全にしてはいない。なぜなら、長期的に見れば、安定は自由を代償にしてはあがなえないものだからだ。中東が自由の栄えない場所であるかぎり、そこは沈滞と、恨みと、暴力を輸出する場所であり続ける。武器の拡散によって、我が国や我が友邦に破滅的な損害を与えることも可能であり、中東の現状のままを受け入れることは無謀なことである」

 ブッシュ演説によれば、9・11が起きたのは、アラブ世界では90年代に自由も民主主義も抑え込まれてしまい、若者たちの怒りや不満が欧米に向き、「暴力を輸出する場所になっている」ためだ、ということになる。ブッシュ大統領が唱えた中東民主化は、中東の各政権が、民主化を通して政治的反対派を政治に参加させ、民衆の不満に対応することを求めたものである。

 いままた、ISに対する「テロとの戦い」の論理が中東で広がっているが、アラブの各政権は「テロとの戦い」と言いながら、実際には「アラブの春」で噴き出した体制への不満を抑え込もうとして、過激派対策だけでなく、SNSの取り締まり強化を含め、言論弾圧や政治弾圧を強めている。

 いまの動きは、90年代の繰り返しである。米国は、このままエジプトのシーシ政権との関係改善のために強権手法を容認していたら、そのしっぺ返しは自分たちが受けることになると考えているはずである。

過激派の論理を無効化するには

 中東の強権化に歯止めをかけなければ、中東でのテロが欧米に向かう。

 イラクとシリアにまたがるISに対する掃討作戦が進んでいる現在、それは、さらに現実味を帯びている。7月にイラク側のISの都モスルが奪還され、シリア側の都ラッカでも米軍主導の有志連合がクルド人主体の地上部隊を支援して掃討作戦が進む。ラッカ陥落も時間の問題である。今後問題になるのは、アラブ諸国や欧米、アジア諸国からISに参加していた3万人を超えるイスラム戦士の母国への帰還であり、世界への拡散である。

 アラブの各政権は、過激派は治安対策で抑えながらも、ムスリム同胞団のようなイスラム的改革を求める批判勢力を政治に参加させることで、かじ取りは難しくなっても、体制を安定させることはできるはずだ。その結果、体制批判的なイスラム主義者が合法的に政治に参加する道が開かれれば、「政治を変えるためには暴力しかない」という過激派の論理は説得力を失うことになる。

 ブルッキングス研究所のハミド研究員が唱えている「過激派と主流派の区別」とは、そのことである。イスラム主義者から中東での政治参加の道を奪い、過激派が米国に向かうことを繰り返さないために、トランプ大統領に求められる米国の中東対応も、そういうことになる。

世界に広がるイスラム教徒のネットワークの中核

 私は、米国にとって、ムスリム同胞団は別の重要性があるのではないかと考える。

 ティラーソン国務長官は下院外交委員会で、同胞団メンバーについて「500万人」という数字を挙げたが、同胞団メンバーというのは、10年前後活動に参加して正式メンバーに認められた人間のことである。登録すればすぐにメンバーになれるわけではない。

 私が取材した例では、カイロで高校時代から同胞団系の貧困救済の活動に参加し、大学院生になってデモや活動に熱心に参加していた学生が、軍クーデター後の反軍政デモに参加して銃撃され、死亡した。しかし、その学生はまだ正式メンバーではなかった。つまり、メンバーを500万人とするならば、その周りに活動家やシンパ、支援者などが何倍もいることになる。そのような組織としての層の厚さを持っていることも、同胞団がイスラム主義の主流派という所以である。

 同胞団はアラブの国だけでなく、欧米のほとんどの国に組織を持っている。しかし、同胞団組織が目に見えるわけではない。イスラム教徒がいて、イスラムの教えに基づいた社会活動をしていれば、同胞団の思想の影響を受け、同胞団のネットワークにつながっているという形である。貧困救済やコーラン研究はイスラム教徒にとっての当然の活動であり、単に「よきイスラム教徒」として参加しているうちに、数年たって、それが同胞団の活動だと明かされることもある。政治には興味がなく、慈善運動や医療活動だけに携わっている同胞団メンバーもいる。同胞団は、単に同胞団組織というよりも、世界に広がるイスラム教徒のネットワークの中核を担っていると考えたほうがいいだろう。

 米国がISやアルカイダなどイスラム過激派による致命的なテロを防ごうとすれば、イスラム教徒のネットワークに協力を得なければならない。その中心でイスラム教徒の様々な社会活動を主導している主流派が、ムスリム同胞団のメンバーなのである。同胞団をテロ組織に指定すれば、同胞団メンバーから協力は得られなくなる。

 トランプ政権が同胞団のテロ組織指定をこれまで行っていないのは、同胞団が米国でのロビー活動でイメージの改善に成功したから、というような簡単な話ではないはずだ。それは、米国の安全保障が、大統領の個性や好みを超えた問題だということを示している。

 まさに、ティラーソン国務長官が下院外交委員会で述べたように、同胞団をテロ指定することは「難しい問題」なのである。

 

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中東情勢は、中東の国々と中東に関わる国々の相互作用で生まれる。米国が加わり、ロシアが加わり、日本もまた中東情勢をつくる構成要素の一つである。中東には世界を映す舞台がある。中東情勢を読み解きながら、日本を含めた世界の動きを追っていく。

関連書籍

「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想

プロフィール

川上泰徳

中東ジャーナリスト。元朝日新聞記者・中東特派員。中東報道で2002年ボーン・上田記念国際記者賞。退社後、フリーランスとして中東と日本半々の生活。著書に『「イスラム国」はテロの元凶ではない グローバル・ジハードという幻想』(集英社新書)、『イラク零年』(朝日新聞社)、『中東の現場を歩く』(合同出版)、『イスラムを生きる人びと』(岩波書店)など。共著に『ジャーナリストはなぜ「戦場」へ行くのか』(集英社新書)。

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