ニッポン巡礼 Web版②

開発を免れた城下町と、手つかずの自然

山口県・萩【後編】
アレックス・カー

海沿いの棚田と、変わらぬ姿の秋吉台

 

 次に向かったのは萩市の西側、長門市の東後畑(ひがしうしろばた)棚田です。海沿いで広域にわたって棚田が広がっています。能登の白米千枚田(しらよねせんまいだ)を思い出しますが、こちらの地形は白米よりもなだらかな傾斜です。ちょうど田植え前の時期で、いくつかの田んぼには水が張られていて、水面には青空が映っていました。

東後畑棚田。日本海に向かってなだらかな斜面が続く

 東後畑棚田だけでなく、この界隈では美しい棚田を数ヶ所発見できました。まだ白米のような知名度はなく、まわりに大きな観光施設もないので、農地本来の素朴な姿が残っていて、深く心に訴えるものがあります。

 しかし、その素朴な美しさゆえ、ある日突然、インスタスポットとして有名になってしまうかもしれません。実際、近くにある長門市の「元乃隅神社」は、赤い鳥居が並ぶ眺めを目指して、内外からの観光客が押し寄せています。それらの観光客用に、隣にはコンクリート製の棚田のような駐車場が造成され、看板が立ち並んでいます。

インスタ名所になっている元乃隅神社の赤い鳥居

 そのような現実を目の当たりにすると、つい須佐ホルンフェルスを見た時と同じ不安に駆られます。本当は「ニッポン巡礼」の喜びを、もっと素直に受け止めた方が良いのでしょうが、ひょっとしたら私は巡礼者にふさわしくない人間なのかもしれません。

 帰途は、日本最大のカルスト地形が見られる秋吉台カルストロードを通って新山口に戻りました。今を遡ること四十八年前の一九七一年、まだ学生のころに、私はヒッチハイクで日本を一周して、秋吉台に来た思い出があります。当時は十八歳でした。それから半世紀近くが経ちましたが、国定公園になっていることもあって、秋吉台は奇跡的に以前とほとんど変わらぬ姿で残っていました。

 学生時代とは違う視点でカルストの岩の形を見ると、ゴツゴツした地面から突き出た岩の姿は、常栄寺の雪舟庭と重なります。あくまでも想像ですが、雪舟庭、ひいては日本の枯山水庭園の原型は、秋吉台にあるのではないか、と想像してしまいます。

雪舟庭を思わせる秋吉台のカルスト台地

 しっかりと昔の姿を残した秋吉台に来て、ようやくホッと一息つくことができました。美しい景色を見れば見るほど、不安で曇っていく私の心は和らぎ、晴れた気分で京都への帰路につきました。

 

構成・清野由美 撮影・大島淳之

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ニッポン巡礼

著名な観光地から一歩脇に入った、知る人ぞ知る隠れた場所には、秘められた魅力が残されている。東洋文化研究者アレックス・カーが、知られざるスポットを案内する「巡礼」の旅が始まる。

関連書籍

ニッポン景観論

プロフィール

アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。
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