二〇一八年六月から五回にわたって、「ニッポン巡礼」というタイトルで、現代日本の「かくれ里」を訪ね歩く紀行文を集英社の季刊誌「kotoba(コトバ)」に連載しました。今回から、場所をウェブに移して、しばらく旅を続けることになりました。
「かくれ里」とは、私が私淑した白洲正子さんの書かれた本の題名でもあります。彼女は経済成長期、すなわち観光ブーム幕開けの時代に、著名な観光地から一歩脇に入った、知る人ぞ知る名所への旅を繰り返し、そこから日本美の神髄について考えを深めました。
私は日本で長年、古民家再生の仕事を続けていますが、その歳月は、日本僻地巡りの旅といっても過言ではありません。またこの数年は、白洲さんの跡をたどるように、神仏の力についても思考を新たにする場面が増えました。私にとっては、古民家再生も、かくれ里巡りも、どちらも一種の「巡礼」という思いがあります。
「kotoba」の連載では、京都の近郊、比叡山の麓に位置する「日吉大社」から旅を始めました。ここは日本古来の山岳信仰と天台密教の聖地であり、日本独自の神仏習合が見られることで、歴史的にも重要な意味を持つ場所です。ところが近年は訪れる人が減り、ついに「かくれた」存在となっていました。そこから秋田県羽後町、能登の集落、鳥取県智頭町、奄美大島と「巡礼」に赴いた土地は、どこも「かくれ里」として、ひっそりと息づいているところばかりでした。
著名な観光地から一歩脇に入った、知る人ぞ知る隠れた場所には、秘められた魅力が残されている。東洋文化研究者アレックス・カーが、知られざるスポットを案内する「巡礼」の旅が始まる。
プロフィール
アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。