ニッポン巡礼 Web版⑥

山に囲まれた「理想郷」

福島県・南会津【後編】
アレックス・カー

「木」も文化遺産である

 南会津の視察は、日本各地の価値を掘り起こしている会社「ONESTORY」の山崎貴之さんの依頼で始まったものでした。山崎さんはその前から南会津にひんぱんに通い、若い世代のキーパーソンともつながりながら、創造的な旅の形を探ってくれました。その可能性の一つが、新しいガイドツアーです。

 観光業がクリエイティブに発展している欧米や東南アジアでは、現地の歴史や自然への理解が深い専門のガイドを付けた「文化人向けツアー」が浸透しています。その場合の「ガイド」とは、クライアントの知的欲求にふさわしい場所や、レストランと宿泊先も厳選した「旅のもてなし」だといえます。ところで、「文化人」というと富裕層やアートに精通する人たちのことに聞こえるかもしれませんが、私の定義は意外と簡単なもので、文化に興味のある人はみな、文化人だと思っています。

 私が組む南会津のツアーでは、一般的な観光案内にはないテーマを必ず含ませたいと思っていました。それは「木」です。戦後、日本中の森林にスギの人工植林が広がったことは、この国の不幸なシステムの一つですが、それを少ない程度でまぬかれた南会津には、自然林がまだ残っており、立派な樹木と出会える機会があります。

 寺や城などの史跡もいいものですが、樹齢数百年の木も文化遺産です。南会津町には、樹齢八百余年の「古町の大イチョウ」があります。これは、山崎さんが南会津行きを繰り返す中で見つけて、私に教えてくれたものです。

古町の大イチョウ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ツアーは二〇一九年の秋に実行されました。参加の方々を大内宿、前沢集落に案内した後に、私たちは「古町の大イチョウ」を見に行きました。閉校になった小学校の敷地内にあるこの大木は、建久年間(一一九〇年ごろ)に植えられたとされています。幹周り十一メートル、樹高三十五メートル。秋に見に行ったので、葉が鮮やかな黄色に染まっていて見事でした。

 そんな大イチョウにみとれるチャンスはこの先、どんどんなくなっていきそうです。人工植林で日本の多くの山は「死の森」へと姿を変え、町では街路樹の葉が「汚い」、枝が「危険」ということで、枝落しが盛んに行われるようになりました。その結果、欧米で見られるような立派な古木は、ほとんど見当たりません。「ほとんど」というより、「皆無」といえるかもしれません。枝の広く伸びた古いイチョウの光景は、今回のツアーの一大収穫だと思います。

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ニッポン巡礼

著名な観光地から一歩脇に入った、知る人ぞ知る隠れた場所には、秘められた魅力が残されている。東洋文化研究者アレックス・カーが、知られざるスポットを案内する「巡礼」の旅が始まる。

関連書籍

ニッポン景観論

プロフィール

アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。
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