「木」も文化遺産である
南会津の視察は、日本各地の価値を掘り起こしている会社「ONESTORY」の山崎貴之さんの依頼で始まったものでした。山崎さんはその前から南会津にひんぱんに通い、若い世代のキーパーソンともつながりながら、創造的な旅の形を探ってくれました。その可能性の一つが、新しいガイドツアーです。
観光業がクリエイティブに発展している欧米や東南アジアでは、現地の歴史や自然への理解が深い専門のガイドを付けた「文化人向けツアー」が浸透しています。その場合の「ガイド」とは、クライアントの知的欲求にふさわしい場所や、レストランと宿泊先も厳選した「旅のもてなし」だといえます。ところで、「文化人」というと富裕層やアートに精通する人たちのことに聞こえるかもしれませんが、私の定義は意外と簡単なもので、文化に興味のある人はみな、文化人だと思っています。
私が組む南会津のツアーでは、一般的な観光案内にはないテーマを必ず含ませたいと思っていました。それは「木」です。戦後、日本中の森林にスギの人工植林が広がったことは、この国の不幸なシステムの一つですが、それを少ない程度でまぬかれた南会津には、自然林がまだ残っており、立派な樹木と出会える機会があります。
寺や城などの史跡もいいものですが、樹齢数百年の木も文化遺産です。南会津町には、樹齢八百余年の「古町の大イチョウ」があります。これは、山崎さんが南会津行きを繰り返す中で見つけて、私に教えてくれたものです。
ツアーは二〇一九年の秋に実行されました。参加の方々を大内宿、前沢集落に案内した後に、私たちは「古町の大イチョウ」を見に行きました。閉校になった小学校の敷地内にあるこの大木は、建久年間(一一九〇年ごろ)に植えられたとされています。幹周り十一メートル、樹高三十五メートル。秋に見に行ったので、葉が鮮やかな黄色に染まっていて見事でした。
そんな大イチョウにみとれるチャンスはこの先、どんどんなくなっていきそうです。人工植林で日本の多くの山は「死の森」へと姿を変え、町では街路樹の葉が「汚い」、枝が「危険」ということで、枝落しが盛んに行われるようになりました。その結果、欧米で見られるような立派な古木は、ほとんど見当たりません。「ほとんど」というより、「皆無」といえるかもしれません。枝の広く伸びた古いイチョウの光景は、今回のツアーの一大収穫だと思います。
著名な観光地から一歩脇に入った、知る人ぞ知る隠れた場所には、秘められた魅力が残されている。東洋文化研究者アレックス・カーが、知られざるスポットを案内する「巡礼」の旅が始まる。