ニッポン巡礼 Web版⑥

山に囲まれた「理想郷」

福島県・南会津【後編】

アレックス・カー

 

珍しい仕掛けの芝居小屋

 

 ツアーのもう一つの目玉は、郷土芸能の舞台「大桃の舞台」を見ることでした。南会津町の大桃集落には農村歌舞伎を上演する芝居小屋があります。一八九五(明治二八)年に再建された小屋は、鄙びた茅葺き屋根に草のはえた建物で、正面上部に破風が設けられています。その破風は小庇がついた切妻になっている「兜造り」で、全国的に珍しく、国の重要有形民俗文化財にも指定されています。ステージ部分は数畳程度の面積しかない狭いものですが、固定式の二重二層機構で、ステージ部分に平舞台より一段高い二重舞台が設置されています。これは他で見たことのない珍しい仕掛けです。

大桃の舞台

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 今回はツアーのために、大桃に伝わる獅子舞「小塩(こしお)の神楽」を特別に上演してもらいました。芝居小屋の前にたどり着くと、観客席となる小屋前の平地に、折りたたみ式の椅子とベンチが置かれ、村のおじいちゃん、おばあちゃんたち十数人がすでに待機していました。芝居が台風で延期になったため、村の人たちもこのイベントを楽しみにしていたのです。

 笛、三味線、(すり)(がね)を持った囃子団が舞台に立ち、そこへ二人がかりで持ち上げた獅子が登場します。最初は大人しい獅子ですが、そこに口の尖った「ひょっとこ面」の男が現れ、冗談をいいながら獅子をからかって、芝居は進んでいきます。その様子が滑稽で、私は村の人たちと一緒に笑いころげながら観劇しました。小さな集落、木々に囲われた神社の中で神楽を見る時間は、愛おしく、「プチ極楽」な気分でした。

 その日のディナーは、会津田島にある築百五十年の曲家「南山荘」を会場にして催しました。少人数の参加ではありましたが、 「茅葺き」がテーマのツアーでしたので、どうしても曲家の環境の中で、食事を楽しんでもらいたかったのです。照明や暖房に手間は惜しみませんでした。料理はこの地域で頑張っている若い夫婦に頼んで、自然の農法にこだわった地元産の野菜、食材を使ったメニューを用意し、ワインや日本酒のペアリングもしてもらいました。通常の飲食店ではなかったので、山崎さんをはじめスタッフたちの準備は大変でしたが、ここまで無理をしないと「文化ツアー」にはなりません。

 冬の名残がある早春、春盛りの五月、穏やかな秋と、三回にわたる南会津の訪問で、それぞれの季節に、私は十二分に触れることができました。帰りの電車に乗った時、ふと思い出しました。はじめに行きたいと思っていた日光も、会津若松も見ることなく旅は終わったのでした。

花と古民家。春の前沢集落にて

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

構成・清野由美 撮影・アレックス・カー

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ニッポン巡礼

著名な観光地から一歩脇に入った、知る人ぞ知る隠れた場所には、秘められた魅力が残されている。東洋文化研究者アレックス・カーが、知られざるスポットを案内する「巡礼」の旅が始まる。

関連書籍

ニッポン景観論

プロフィール

アレックス・カー

東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『ニッポン景観論』(集英社新書)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。

 
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