一週間 ――原発避難の記録 第4回

石澤修英さん(浪江町権現堂)

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東京電力福島第二原子力発電所で仕事中に被災。その後、津島の知人宅、千葉県船橋市の親戚宅を経て、埼玉県春日部市で現在も避難生活を送る。

インタビュー/構成 吉田千亜

 

三月一一日

 私は会社を経営していて、事務所は南相馬市の原町区にあったの。電気工事関係。会社自体は歴史が長いんですけど、私が一五年くらい前ですかね、代表取締役になりました。
 地震のとき、私は仕事で第二原発にいたんです。駐車場は陥没したし、排気筒の上のクレーンが折れて、オペレーターが死んじゃったし。とりあえず、避難。避難して、一週間以上、第二原発は立ち入り禁止じゃなかったかな。
 俺は、構内にいて、で、すごい地震で、やばいからとりあえず、「避難集合場所に行こう」ってことで。もともと、避難集合場所が決められていたから、そこに全員避難するように従業員に言って。そのあと、全員いったん家に帰れ、と。携帯電話もつかえなくて、自分たちの家族とかとも連絡が取れない状態だったからね。その避難集合場所には、他の関連企業も含めてトータルで言ったら、二〇〇人、三〇〇人はいましたね。うちの会社の従業員だけじゃなかったんで。
 私も、車で帰ろうと思ったら、もう動かない。道路も亀裂とか入っていて、段差もできていましたよ。だから富岡から浪江まで何時間もかけて歩いて帰ってきた人もいる。国道六号ももう全然通れなくて。動かないから。私は、結局、途中まで六号(国道六号)で行って、山麓線(県道三五号)を抜けましたね。大熊の三角屋かどっかあの辺の信号から山麓線の方に向かって行った気がする。で、山麓線から、二八八(国道二八八号)、双葉ばら園の方には行かないで、そのまま双葉町の方に抜けて。海までは抜けないで、旧道をゆっくり行った気がする、たしか。すごく渋滞していました。
 そのときの記憶はあんまりなくて、要は自分の家族のことが心配で、考えごとばかりしてて、周りの景色を見ている余裕があんまりないというか。家族の誰にも連絡が取れなかったんです。全然、携帯がつながらなくて。
 うちの嫁は、サンプラザの薬屋で仕事していたんで。で、一番下の息子が、高校生だったんですけど、水産会社にバイトに行っていたの。それで、うちの家内が下の息子のことが心配で、その水産会社に向かって行ったんだけど、途中で、警察か誰かに、「通行止めだから先に行っちゃいけない」って言われて。息子とも連絡取れなくて。結局、息子は津波は大丈夫だったけど、すぐ近くまで津波きて、命からがら逃げて。で、とりあえず、家族全員無事を確認できて。
 自宅に戻れたのは、夜一〇時とかそれくらいじゃないかなあ。もうそのときは全員家にいて、それでやっと安心したんです。でも、何かあったらやばいから高台に行こうっていうことで。実は、そのときは津波がひどかったということはそれほど知らないんです。うちの息子が「すぐ近くまで来た」って言っていたから、知っていたようなもので。情報を得ることができなかったから、たぶん海の方とかに行っていない人も、津波のことは全然知らなかったと思う。
 あの時点で息子のバイト先近くまで津波が来たんだったら、請戸はもう全滅だなって。息子がバイトしていた水産会社って、海からちょっと離れているところだったから。双葉の六号線の昔ボウリング場だった松本家具屋ってセンターの信号を海の方に曲がって、二〇〇~三〇〇m行ったところにあるんですよ。
 とりあえず、一二時過ぎくらいまで、高台の総合グラウンドに二時間くらいいたのね。車一台で行きました。寒かった。さすがにもう津波はこないだろうってことで戻りましたけど。
 で、家に戻って、とりあえずは電気もないし。水は出ました。でも、いつの間にか水も出なくなったんだ。一一日の夜は風呂も入ったし。ガスは大丈夫。風呂沸かして風呂入って、ロウソクと、あと普通の灯油ストーブ。倉庫にあったから、それ引っ張り出してきたんだよね。ああいうときは、絶対ストーブだね。ファンヒーターとか絶対ダメ。ファンヒーター、エアコンは使えないから。非常時はストーブ。そのストーブの周りで、みんなで一緒に寝ました。

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一週間 ――原発避難の記録

2011年3月11日からの一週間、かれらは一体なにを経験したのか? 大熊町、富岡町、浪江町、双葉町の住民の視点から、福島第一原子力発電所のシビアアクシデントの際、本当に起きていたことを検証する。これは、被災者自身による「事故調」である!

 
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石澤修英さん(浪江町権現堂)

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