拙著『羽生結弦は捧げていく』にも書きましたが、羽生結弦は競技プログラムにおいて、曲が鳴った瞬間から終わる瞬間まで、リンクの上に精緻な図形(フィギュア)を描き続けます。
この本のなかで、私はフィギュアスケートのプログラムを1つのネックレスに例えました。ジャンプやスピンなど、テクニカルエレメンツとして採点される要素のひとつひとつがダイヤモンド。そのダイヤモンドをつなぐのは、重厚かつ繊細な細工を施したプラチナですが、それがエレメンツ間に実施されるトランジションです。
私が羽生結弦のプログラムからイメージするのは、そんな「ダイヤモンド単体というよりは、ネックレス全体として見事な作品」です。平昌オリンピックは、ショートプログラムとフリー、2本の見事なネックレスをそろえてきた羽生結弦が優勝した、と私はとらえています。
今シーズン、羽生結弦はまだプログラムを明かしていません。ですが、2019年世界選手権終了直後のインタビューなどから推測するに、おそらく2018-19年シーズンの構成よりも基礎点の高いジャンプを組み込み、テクニカルエレメンツ面での難度を上げてくるのは間違いないと思います。
当然、カラットをアップさせるだけではダイヤモンドの値打ちは上がらない。カラットをアップさせつつ、「キズや曇りがなく、見事なカットが施されている」というクオリティの部分も上げていくこと……、それがGOEでの評価につながります。そのためのトレーニングにはもう入っているでしょうし、今後もそのトレーニングを継続していくことでしょう。
そうなると、どうしても「重厚でありながらかつ繊細な細工を施したプラチナ」、すなわちすさまじい密度のトランジションから、ごく一部ではあるものの「ジャンプを跳ぶのに充分なスピードを得るための助走」にあてる部分が出てきます(もちろん、それでもなおトランジションの厚みはトップ中のトップであるでしょうが)。
その「わずかながら減らさざるを得ないトランジション」を、今度は何でカバーしていくか。羽生とブライアン・オーサーをはじめとするコーチ陣は、すでにそのことにも目を向けて、
「ダイナミックな上半身の動きで、演技にドラマ性を加味していくこと」
にも取り組んでいるのではないか……。
『羽生結弦は助走をしない』に続き、羽生結弦とフィギュアスケートの世界を語り尽くす『羽生結弦は捧げていく』。本コラムでは『羽生結弦は捧げていく』でも書き切れなかったエッセイをお届けする。
プロフィール
エッセイスト。東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業後、出版社で編集に携わる。著書に『羽生結弦は助走をしない 誰も書かなかったフィギュアの世界』『恋愛がらみ。不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』『愛は毒か 毒が愛か』など。