ただただ、凄いものを見た……。
2019年世界選手権の男子フリーを思い出すと、会場の屋根を突き抜けてしまうようなあの大歓声と、客席のあちこちで涙をぬぐっていた人々(私も当然そのひとりでした)の姿が同時に思い起こされます。
前回のコラムでは世界選手権の男子ショートプログラムを振り返りました。今回は、男子フリーを、羽生結弦を中心に、強く印象に残った選手たちの演技をつづっていきたいと思います。
ショートプログラム編と同じく、2018-19年シーズンの総括的な内容もありますので、拙著『羽生結弦は捧げていく』と重なる部分があることをご了承ください。
◎フリー
◆羽生結弦
世界選手権が開幕する前、私はこの連載で、
「羽生結弦から『新しい形の幸福』を見せてもらえることになる」
という意味の言葉を何度か書いてきました。
3月21日のショートプログラム終了後、私は羽生結弦があらわにしていた「自分自身への怒り」に対し、新鮮な感動を覚え、こう書き記しました。
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「ああ、羽生結弦というスケーターは、これだけの結果を残してもなお、競技の世界ですべてを出し尽くさずにはいられないのだ」
と感じ入った、と言いますか……。それはもしかしたら、「幸せ」に近い感覚だったかもしれません。
2012年に世界選手権に初出場した羽生結弦は、すでにフィギュアスケートの世界ではベテランともいえる存在です。それだけのベテランで、かつ「すべてのタイトルを手にした」と言ってもいい実績がありながら、まだ新人のような向上心や闘争心を持っている。私はそこに感動し、思ったのです。
「まだまだ、続けてくれるんじゃないか」
と。
(中略)
『羽生結弦は助走をしない』に続き、羽生結弦とフィギュアスケートの世界を語り尽くす『羽生結弦は捧げていく』。本コラムでは『羽生結弦は捧げていく』でも書き切れなかったエッセイをお届けする。
プロフィール
エッセイスト。東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業後、出版社で編集に携わる。著書に『羽生結弦は助走をしない 誰も書かなかったフィギュアの世界』『恋愛がらみ。不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』『愛は毒か 毒が愛か』など。