スペインへ逃げてきたぼくのはしっこ世界論 第2回

ないものだらけのスペインと出会う

飯田朔

夢のまた夢だった海外旅行

 さて、こうした国単位が抱える問題のほかに、もっと小さな、一個人が抱える問題も、こちらにきて初めて知るものがあった。

 一つは、なんとなく想定はしていたものの、予想以上にスペインの人たちが「英語ができない」ことである。

 英語はぼくも流暢に話すことはできないし、日本でも多くの人が悩んでいるテーマだと思うが、こちらでは話すのが苦手どころでなく、「簡単な単語レベルから分からない、知らない」「一言も話せない」という人が多く見られるのが最初驚きだった。

 サラマンカで店員や学生などと話したときに、何度かぼくがスペイン語の単語が出てこないことがあり、そうしたとき、つい代わりに英単語を言ってみたりしたのだが、相手は「え、英語全然分からないよ、無理無理!」といった反応をすることが多かった。正直年齢層や学歴にあまりかかわらず、英語は通じない。語学学校で出会った他の国のヨーロッパの学生たち(ドイツ・フランス・オランダ・アイスランドなど)が皆英語を使いこなしているのとは対照的だった。

書店には『紫式部日記』が並ぶ

 また、もうひとつ意外だったのは出会ったスペイン人の中で日本や中国などアジアの文化に興味がある人でも、実際に観光でアジア諸国を訪れたことのある人がそれほどいないことだった。

 ある日食事中にホストマザーから、つい2、30年前までスペイン人はお金がなく、海外旅行など行くのは夢のまた夢だった、ということを聞かされ、ハッとした。彼女は、1980年代に日本人留学生たちが円を大量のペセタ(ユーロ導入以前のスペインの通貨単位)に換金しているのを見て驚いた、とも話してくれた。ついこのあいだまで海外へ行くなんてまるで不可能だった、という空気が残っているのである。

 このように、スペインで4か月生活して感じたのは、やけに「不十分」な感覚がついてまわることだった。

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スペインへ逃げてきたぼくのはしっこ世界論

30歳を目前にして日本の息苦しい雰囲気に堪え兼ね、やむなくスペインへ緊急脱出した飯田朔による、母国から遠く離れた自身の日々を描く不定期連載。問題山積みの両国にあって、スペインに感じる「幾分マシな可能性」とは?

プロフィール

飯田朔
塾講師、文筆家。1989年生まれ、東京出身。2012年、早稲田大学文化構想学部の表象・メディア論系を卒業。在学中に一時大学を登校拒否し、フリーペーパー「吉祥寺ダラダラ日記」を制作、中央線沿線のお店で配布。また他学部の文芸評論家の加藤典洋氏のゼミを聴講、批評の勉強をする。同年、映画美学校の「批評家養成ギブス」(第一期)を修了。2017年まで小さな学習塾で講師を続け、2018年から1年間、スペインのサラマンカの語学学校でスペイン語を勉強してきた。
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