スペインへ逃げてきたぼくのはしっこ世界論 第6回

「何もしない」留学のススメ

飯田朔
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2 新しい選択肢としての、日本脱出

 2019年1月23日、ぼくは18年2月からの約1年間のスペイン「留学」を終え、東京に帰ってきた。今これを書いているのは、19年の7月で、帰国してからあっという間に半年が経とうとしている。

 最後に、日本からの「脱出」ということについて話しておきたい。

 これまで連載の中では、ぼくはスペインで生活してきたことを一応「留学」と説明してきたのだが、実はいわゆる「留学」とは違うものだったんじゃないか、という実感がある。形式は、スペインの語学学校で学びながら現地で暮らす「語学留学」に違いないのだけど、自分の中で1年間の滞在は、「留学」ではなく日本からの「脱出」と呼ぶ方が近かった。ぼくは今の日本の働き方やコミュニケーションが嫌で、そういうものから逃げるためにスペインへ行ったのだ。

 個人的に、今一部の若い人たちを中心に、「留学」や「旅行」ではなく、日本を「脱出」することが、新しい行動、考え方としてあらわれてきていると思える。脱出とは、人が生活するうえで日本社会の構造に何らかの問題があると考え、どこか外国へ出ていくことだ。ひと口に脱出といっても、人によって留学、ワーキングホリデー、移住など、形式が違う場合もあるが、その根底には、日本で暮らすことがしんどいという共通感覚があるように思える。

 ぼくのように、今の日本が嫌だ、しんどいと感じる人にはひとつの選択肢としてこの「脱出」について考えてみてもらいたいし、「べつに日本を出る気などない」と考える人や上の世代の人たちには、「こんな人たちが出てきているのか」と頭の片隅においてもらえたら嬉しい。

サラマンカの菓子店。この店の菓子作り教室に一度参加した

 ぼくが日本を出たのは、主にこの国の働き方にしんどさを感じたからだった。

 高校の頃からだろうか。ぼくはどうしても、日本の社会で働ける自信がもてないできた。高校2年のとき、初めてしたスーパーのアルバイトの仕事がこなせず、上司に連日叱られ、3か月で辞めてしまった。それ以後、アルバイトや塾講師の仕事などをやってきたが、これまで見てきた多くの職場で、正社員には長時間労働や休日出勤があり、とても自分がフルタイムで働けると思える場所に出会えなかった。

 まわりの知人や友人にも、非正規雇用や契約社員が多い。また、サービス残業を強いられるブラック正社員の友人もいる。

 そんな中、数年前に親しい友人の一人が会社を辞め、日本にこれ以上住みたくないと言い、ワーキングホリデービザを使ってカナダへ脱出してしまった。最初は驚いたが、彼の行動をきっかけにぼくも、海外に出ることを考えるようになった。

帰国前に旅行した、スペイン南部アンダルシア地方のセビーリャ。サラマンカは寒さが厳しいが、セビーリャは冬も暖かい。

 日本脱出を決め、行き先をスペインにしたのは、学費や生活費が英語圏の国々より少し安かったことや、その他いくつかの理由を合わせた上で「ここなら最低限飽きずに1年は暮らせそう」と思えたからだ。

 ぼくのスペインへの「脱出」は、日本社会の構造になんらかの問題がある、という前提に立った行動であり、現地で何かを学ぶ目的の「留学」や、観光目的の「旅行」、自分探しの「旅」などとは、一部重なる面がありつつも、根本的なところで違っていると思う。

 スペインへ行く目的としては、「日本を出て一定期間とりあえずのんびり暮らす」以上のものはなかった。語学勉強も、友人作りも、異文化交流も、移住の模索も、すべてやりたいときにはやるし、やりたくないときにはやらない、という方針でいた。強いて言えば、ぼくは「何もしない」留学をしてきたのだと思う。

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 第5回
スペインへ逃げてきたぼくのはしっこ世界論

30歳を目前にして日本の息苦しい雰囲気に堪え兼ね、やむなくスペインへ緊急脱出した飯田朔による、母国から遠く離れた自身の日々を描く不定期連載。問題山積みの両国にあって、スペインに感じる「幾分マシな可能性」とは?

プロフィール

飯田朔

塾講師、文筆家。1989年生まれ、東京出身。2012年、早稲田大学文化構想学部の表象・メディア論系を卒業。在学中に一時大学を登校拒否し、フリーペーパー「吉祥寺ダラダラ日記」を制作、中央線沿線のお店で配布。また他学部の文芸評論家の加藤典洋氏のゼミを聴講、批評の勉強をする。同年、映画美学校の「批評家養成ギブス」(第一期)を修了。2017年まで小さな学習塾で講師を続け、2018年から1年間、スペインのサラマンカの語学学校でスペイン語を勉強してきた。 

 
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