21世紀のテクノフォビア 第2回

フランケンシュタインの怪物とクローン恐竜(前編)

速水健朗

■クライトンとスピルバーグのテクノロジー観の違い

映画『ジュラシック・パーク』は1993年から2001年に最初の3部作、2015年から2022年にはリブート3部作が公開された。1993年の第1作目と1997年の第2作目の監督はスティーブン・スピルバーグ。恐竜の宣伝キャンペーンとしては、これらが最強である。

原作は、マイケル・クライトンの小説。当初は小説用ではなく映画脚本用に企画された。その時点でこれを聞きつけたスピルバーグが映画化の権利を交渉。クライトンは、スピルバーグが直に監督をすることを条件に許可したという。『シンドラーのリスト』の製作が難航していたこともあり、スピルバーグは、テクノロジーによって恐竜が蘇る物語に夢中になったのだ。

ただ、クライトンとスピルバーグの間には、考えが違った部分がいくつかあった。それは、ジョン・ハモンドという主要な登場人物の、原作と映画版とキャラクターの違いとして現れている。

ハモンドは、バイオテクノロジー企業インジェン社のCEOである。DNAから恐竜を復活させ、実物の恐竜の行動展示を行うテーマパークの建設。これを思いつくのは、このハモンドである。原作のハモンドは、専門家の意見を軽視し、商業主義を優先する独裁者的なキャラクターとして描かれていた。恐竜が暴走する予期せぬ事故の報いを受け、最後は恐竜に食われて死を遂げる。

映画では、恐竜パークのオープンを強引に推し進めるうかつな人物であるのは同じだが、旺盛な好奇心ゆえにそれを推し進める無邪気な人物になっている。映画のハモンドは、パークの事故から無事生還している。

映画のハモンドが科学者を前に「新しい発見を目前にして目をつぶるのか?」と問う場面がある。化石からDNAを抽出し、ゲノム編集の技術を駆使してそれを再生する。それが可能なのであれば、興味を持たない科学者がいるだろうか。化石からわかる生物学的な知見よりも、復活させた恐竜から直に得られる知見のほうがはるかに大きい。原作では商業主義と科学者の良心が対立するが、映画版では科学への好奇心と科学者の良心が対立するのだ。

小説版のハモンドのモデルは、ウォルト・ディズニーである。スピルバーグの評伝を書いた作家のジョン・バクスターは、自らの自然観を他人に押し付けようとする「ねじれた精神のおとし子」という部分を誇張してキャラクター化しているという。だがウォルトを尊敬するスピルバーグにとって見れば、ハモンドはスピルバーグの分身に思えただろう。映画化に際し、ハモンドを無邪気で好奇心の強い人物に描き直した理由も理解できる。

スピルバーグが製作総指揮にクレジットされている『グレムリン』(監督ジョー・ダンテ、脚本クリス・コロンバス)は、モグワイという生物をペットとして手に入れた主人公が、水を与えるな、夜中に餌を与えるなという決め事を破ったため、邪悪なグレムリンたちが誕生し街中で大騒ぎをするという話だ。これには、人間が使い方を謝ると手痛いしっぺ返しをくらうというテクノロジーの教訓が描かれている。そのプロットにスピルバーグは、不満を示し、いくつかの修正を要請したという。テクノロジーを悪者にするステレオタイプを嫌ったのだ。彼はテクノロジーへの敬意、関心が強く、安易にそれを悪者にもしたくなかった。

原作の『ジュラシック・パーク』は、バイオテクノロジーを誤用した人間が、それ自体に報復を受けるテクノスリラー小説の要素が強い。スピルバーグが映画化するときに、その要素を和らげたところがある。ハモンドのキャラクター設定を変えただけでなく、恐竜やテーマパーク自体を魅力ある存在として描いたこともそれゆえである。

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21世紀のテクノフォビア

20年前は「ゲーム脳」、今は「スマホ脳」。これらの流行語に象徴されるように、あたらしい技術やメディアが浸透する過程では多くの批判が噴出する。あるいは生活を便利なはずの最新機器の使いづらさに、我々は日々悩まされている。 なぜ私たちは新しいテクノロジーが生まれると、それに振り回され、挙句、恐れてしまうのか。消費文化について執筆活動を続けてきたライターの速水健朗が、「テクノフォビア」=「機械ぎらい」をキーワードに、人間とテクノロジーの関係を分析する。

プロフィール

速水健朗

(はやみずけんろう)
ライター・編集者。ラーメンやショッピングモールなどの歴史から現代の消費社会について執筆する。おもな著書に『ラーメンと愛国』(講談社現代新書)『1995年』(ちくま新書)『東京どこに住む?』『フード左翼とフード右翼』(朝日新書)などがある。

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フランケンシュタインの怪物とクローン恐竜(前編)