ウクライナの「戦場」を歩く 第2回

ブチャの虐殺

伊藤めぐみ

■5人は誰だったのか

日本では「ブチャの虐殺」として話題になっているようだった。日本のテレビ局に映像を送りながら、当然の疑問が出てきた。

「あの拷問され殺されたとされるブチャの5人は一体、誰だったのか」

ロシア側のいう「ウクライナはフェイクニュースだけを流している」という話に全面的に乗るつもりはないが、それでも5人は誰であったかは知りたい。

内務省のゲラシチェンコ氏は、あの場の会見では5人の身元について「ブチャの人たちも多くが避難しているためわからない」と言っていた。しかし、財布まであの現場に残っていたのに本当にわからないということがあるのだろうか。

結果から言うと、ウクライナ人の通訳ガイド(フィクサー)といろいろと聞き込みをしたものの、5人が誰かはわからなかった。

教会裏の集団墓地で警備にあたっていた兵士はオフレコでこっそり、

「公園の管理をする労働者で、おそらく地域防衛隊のメンバーだったのではないか」

と教えてくれた。地域防衛隊とは、ウクライナ軍の補助にあたる兵士たちだ。今回の侵攻前に一般市民が志願してできた部隊である。本格的な訓練は受けていないので不審者を取り締まる検問の管理を補佐するのが主な仕事。コンピューターの修理業者からシンガーまで、様々な「普通の人」が自分の街を守るために入隊している。

一方で公園の管理人に話を聞くと、

「あの5人は公園の労働者ではない」

と言っていた。

5人が殺された公園。4月12日に筆者が撮影

それでも地域防衛隊のメンバーであった可能性は否定できない。

ウクライナ側も情報戦をしているのは間違いないだろう。「地域防衛隊が殺された」というよりも、「一般市民が殺されたかもしれない」と報じた方がより多くの共感を呼ぶ。真相はわからないままだが。

今、言えるのは、たとえ武装していたとしても拷問されて殺されていい理由にはならないということだ。地域防衛隊自体がもともと一般市民の集まりだったという側面もある。

「私は避難したけど、おじやいとこが地域防衛隊に入ってブチャに残っていたよ。普通の人だよ!」

そんな声を多く聞いた。

(※5月16日に、BBCが5人のうちの1人について、彼が一般市民であったと報道している。また別の市民も路上でロシア軍に捕まり、この施設に連れて行かれた(のちに逃げることができた)。https://www.bbc.com/news/world-europe-61442387

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ウクライナの「戦場」を歩く

ロシアによる侵攻で「戦地」と化したウクライナでは何が起こっているのか。 人々はどう暮らし、何を感じ、そしていかなることを訴えているのか。 気鋭のジャーナリストによる現地ルポ。

プロフィール

伊藤めぐみ

1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。同作により第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程への留学経験がある。

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