ウクライナの「戦場」を歩く 第2回

ブチャの虐殺

伊藤めぐみ

■ブチャでの証言

「炊き出しの手伝いに行ったら、解放直後のブチャに入った兵士と知り合いになったよ!」

興奮気味に、私たちの取材で多大なサポートと通訳をしてくれるアンドリが連絡してきた。今回の取材のキモとなる彼の紹介はまたいずれしっかりとするが、まずはブチャの虐殺だ。

ブチャで何が起きたのかは、調査報道やオシント(一般に公開された利用可能な情報を収集し分析する手法)などを使った検証が重要だ。それと同時に私は自分のできること、知りたいこととして、もっと人々の証言や感覚を得たかった。

ウクライナ軍の兵士アレクセイ・コハンさんにキーウにあるアパートで話を聞いた。ボディービルのトレーナーをしていたこともある彼は体格がよく、流暢な英語を話した。美しい毛並みの犬を連れ、とても優雅かつ堂々とした振る舞いだったが、インタビューをはじめると次第に私と目を合わせるのも辛そうにした。

兵士アレクセイ・コハンさん。4月11日に彼のアパートにて筆者が撮影

「まだ残っているかもしれないロシア兵を『クリーニング』するために町に入ったんだ」

「クリーニング」とは、ロシア軍が撤退した後も残存している可能性のあるロシア兵を掃討する任務だ。アレクセイが任務にあたっている際にも、ロシア兵と撃ち合いになったらしい。

「街の人の死体はたくさんあったよ。数えてない。でも何百とあった。ティーンエイジャーや子どもや女性の遺体もあった。レイプされた遺体もあった。服を着ていなかったんだ。焼かれた遺体もあった。10代の子どもと母親だったと思う。道で死んでいた。殺すだけじゃなく、証拠隠滅しようとしているんだ。遺体は頭を後ろから撃たれていた。後ろ手に縛られた人もいた」

占領前に避難したものの、ブチャの住民でもあったアレクセイはこうも言った。

「私の知り合いは飼い犬を食べられたんだ。避難して戻ってみたら犬は食べられていたんだ」

彼は取材中、自分の犬をずっと大事そうに撫でていた。彼も犬をブチャに残さざるを得なかったのだが、幸運にも生き延びていたのだという。

ブチャを何度か訪れて、住民からも話を聞いた。青年、サムール・イバンは近所の人たちと外で火を起こして料理をしていた。このあたりではまだガスが止まっていたからだ。サムールは赤い目をして思いつめた顔をしていた。

サムール・イバンさん(4月12日の八尋伸・撮影動画より)

彼はロシア軍によるブチャ占領下でも町に留まっていた。外出は厳しく制限されており、3週間がすぎると食料も底を尽き、若い男性である彼は家族の代表として食べ物を探しに出かけざるを得なくなった。

―その道中で遺体を見ましたか?

「見た」

―何人くらい?

「4人」

―何歳くらいでしたか?

「焼かれていたからわからない」

私は聞きすぎてしまった。彼の表情から、私には見えない当時の光景が彼の脳裏にありありと浮かび上がったのを感じた。彼は焼け焦げた顔とか、服とか臭いとかそういったものを覚えているのだろう。言葉にはできない何かを感じているようだった。

辛いことを話させたことを謝り、お礼をいうと彼はハグをしてくれ、その後、家の中へ入っていった。彼は再びその記憶を思い出しながら苦しむのだろう。友達や知り合いの半分くらいはどうなったかわからないそうだ。

殺害の瞬間を目撃した男性にもあった。彼は3月28日か29日頃、2階の窓から外を見ていたという。

「友人たちが外で火を焚いてお湯を沸かしていたから、そろそろ自分もお湯をもらいに行こうと思ってのぞいたんだ。そしたら8人くらいの黒い制服を着た部隊が歩いてきてあちこちに発砲し始めたんだ」

友人は車の陰に隠れようとしたが、何のやりとりもなく撃たれた。

「有無を言わさずさ。10分くらしてから見に行ったけれどももう死んでいた」

友人が撃たれたという場所の近くの壁に、まだ薄く血の跡が残っていた。

友人を2人殺されたという男性。車には銃弾の跡も(4月15日の八尋伸・撮影動画より)

住民などから話を聞くと、ロシア兵の存在がモンスターのように思えてくる。乱射して問答無用に撃ち殺す。レイプして殺す。遺体を焼く。狂気の集団にしか思えない。

しかし同時にキーウ周辺の住民にとっては、ロシア兵は言葉も通じる「隣国の人」なのだ。会話をかわした住民もいた。

「『お前らはここに何をしに来たんだ!』って言ってやったよ」

怒りを抑えきれずに、そうロシア兵に詰め寄ったという住民もいた。

私は一度もロシア兵の姿を見たことがないが、住民から話を聞く中で、その人間としての「気配」も感じ始めていた。

このロシア兵とは一体、何ものなのか。

破壊跡を眺めるブチャの住民。4月4日に筆者が撮影

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ウクライナの「戦場」を歩く

ロシアによる侵攻で「戦地」と化したウクライナでは何が起こっているのか。 人々はどう暮らし、何を感じ、そしていかなることを訴えているのか。 気鋭のジャーナリストによる現地ルポ。

プロフィール

伊藤めぐみ

1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。同作により第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程への留学経験がある。

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