ウクライナの「戦場」を歩く 第3回

善悪を失ったロシア兵?

伊藤めぐみ

■ロシア兵にレイプされかけ、別のロシア兵に救われる

案内してくれたアレクサンドルさんがこの話を知っているのは、タチアナさんの後にこの家に連れて行かれた女性から話を聞いたからだという。

その女性を訪ねた。

その女性、オレッサ・オルホベッチさん(52歳)から聞いた話を通して見えてきたのは、ロシア軍の善悪を超えたというか、異常な状況と混乱だった。

「カディロフツィがターニャ(タチアナの愛称)を殺した日と、私をレイプしようとした日は同じ日でした。私はラッキーでした。ロシア軍の情報部員に救出されたから。3月7日のことでした」

その日、夫と家にいたオレッサさんのところにカディロフツィ2人がやってきた。一人は彼女たちが飼っていた犬を射殺し、もう一人はオレッサさんに銃を向けた。夫アレクサンドルさん(53歳)は棒を持って彼女を守ろうとしたが、兵士は夫に向かって銃を乱射し、夫は足に重傷を負った。

その後、兵士はオレッサさんを、タチアナさんが監禁されていたのと同じ家に連れて行った。

「私をレイプするために連れて行き、私に服を脱ぐようにいい裸にしたんです。そこへ白いストライプの制服の兵士が入って来ました。これで終わりだと思いました。でもその兵士が私を家に連れて帰ってくれたんです。

その情報部員だという兵士は、カディロフツィを殺したと私に言いました。でも本当に殺したのか誰にも本当のことはわかりません」

つまりロシア兵士(カディロフツィ)にレイプされそうになっているところを、別のロシア兵(情報部員)が助け出し、仲間の側であるカディロフツィを殺したというのだ。

オレッサさんいわく、この兵士はロシアの諜報機関に属する兵士。彼は、自分はロシア兵が悪いことをしないように管理する役目を担っていると説明したという。

オレッサさんは重傷を負った夫のもとに戻った。病院に行く方法はないかとウクライナの地域防衛隊に連絡をとって助けを求めたが、ロシア軍の戦車が道を塞いでいて助けに行くことができないという。

翌日、驚くことにロシア軍の医療部隊がやってきて夫を診察した。そう、オレッサさんを監禁から救い出した時と同じように、ロシア兵が夫に重傷を負わせたにもかかわらず、ロシア兵が彼を診察したのだ。医療部隊は緊急に治療する必要があるので車で病院に連れて行くようにアドバイスした。

しかし、ロシア軍は二人の外出を禁止した。しかもその後、何人かの兵士が彼女たちの車を盗み、移動手段さえも奪ってしまった。病院には行くことはできず、3月9日、夫は亡くなった。

「6人のロシア兵が家に来て、『何が起きたのか』というので『夫が死んだ』と言いました。そうしたら彼らは庭に穴を掘って埋葬するのを手伝ってくれました」

オレッサさん(写真左)の夫が埋葬されていた場所(4月13日の八尋伸・撮影動画より)

このインタビューの後、私は通訳内容を聞き間違えたのではないかと思って、後で何度もアンドリにその内容を聞きなおさなければならなかった。同じロシア兵が他のロシア兵の蛮行から「助けて」いるのである。

この他にもロシア兵が夫のハンティング用の銃を見つけて、オレッサさんの顔の真横に発砲して脅したこともあったという。散々そのようなことをした挙げ句、彼はやりすぎたと思ったのか、去る際には軍の食料をくれたという。その軍人はオレッサさんをレイプから救ってくれた情報部員と同一人物だったと彼女は気づいたそうだ。

オレッサさんはこう言った。

「彼らは頭がおかしくなっている。撃った後に、私を助けようとした。カディロフツィから助けようともした。彼らはモラルを失っている」

またロシア軍の情報部員はオレッサさんに、タチアナさんの遺体は庭に埋葬したので、ウクライナ軍兵士が来たら埋葬場所を教えてあげるようにとも言ったという。

私もタチアナさんが殺された家の部屋の鏡に、ロシア兵が埋葬場所を書き残した口紅のメッセージを目にした。

遺体の埋葬場所を示す口紅のメッセージ。鏡に映り込む男性は案内してくれたアレクサンドル・ムシヤンクさん(4月13日の八尋伸・撮影動画より)

埋葬して「くれる」くらいなら、もともと殺すなという話だが、ロシア軍の中でも混乱という言葉では収まりきらない事態が起きているのだろう。

ウクライナ軍は攻勢を強め、ロシア軍は3月30日にオレッサさんの住む地区から去り、その後、ウクライナ軍がやって来た。町は解放されたのだ。

ハチ公と呼ばれた犬、リニは、何日も通ってきたボランティアにようやく心を開き、新しい飼い主のもとへと行くことになった。

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ウクライナの「戦場」を歩く

ロシアによる侵攻で「戦地」と化したウクライナでは何が起こっているのか。 人々はどう暮らし、何を感じ、そしていかなることを訴えているのか。 気鋭のジャーナリストによる現地ルポ。

プロフィール

伊藤めぐみ

1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。同作により第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程への留学経験がある。

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