ウクライナの「戦場」を歩く 第3回

善悪を失ったロシア兵?

伊藤めぐみ

■「人間的」なロシア兵?

私にとって不思議なのは、ウクライナの人たちが普通にロシア兵と会話をしていることだ。

オレッサさんは「夫を病院に連れて行かせて」とロシア兵に訴えていたし、中には前回紹介したように、「お前達はここに何をしに来たんだ!」とロシア兵に向かって直接、怒りをぶつけたという人もいた。

ロシア兵の側も「学費がほしくて」と、そんな個人の事情を住民に話すのである。

なぜか私の中では、戦争ではエイリアンみたいなまったく別世界の人が突然、侵入してくるというイメージがあった。

しかしウクライナの人たちにとっては、同じ言語を話す人たちがやって来るのだ。

どっちのほうが怖いという話ではない。異世界の人と見えるような人たちに銃を向けられる怖さもあるが、自分と似た見た目、あるいは同じ言語を話す人に殺されるかもしれないという怖さもあると思う。自分と似たものに集団で脅かされる恐怖。

ロシア軍が占拠していた建物もいくつか訪ねた。

ブチャのロシア軍部隊が占拠していた建物の台所。4月12日に筆者が撮影

ブチャの外れにある幼稚園は、ロシア軍の部隊の1つが拠点を置いていた。食べかけの缶詰や軍隊飯を入れた星のマークのついた紙の入れ物が部屋や洗面所に山と積まれていた。ビールやらアルコールの瓶も庭に散乱していた。

ノボセリウカというチェルニヒウの北にある村では、食事の途中で急に撤退したのではないかと思われるような食べかけのスープ皿まであった。読みかけらしい小説もあった。

ロシア軍が占領していた建物に残された食事(チェルニヒウ近郊で4月10日に筆者が撮影)

以前、イラクで取材したイスラム国の兵士たちの姿と重なる。取材前は「モンスター」のように想像していた存在が、いつのまにか人間として見えてくるのだ。

父親と喧嘩し家出してイスラム国に入ったという少年や、自分は当時は洗脳されていたと必死に言い訳する戦闘員もいた。善い悪いは別にしてものすごく素朴な面を感じた。

今回のロシア兵の様子を伝聞ながら知り、残されたものを見て同じことを感じる。ご飯を食べるんだ、お酒を飲むんだ、コーヒーを沸かしていたんだという些細なことから彼らの気配を感じる。

しかし同時に不気味な感じもする。

部隊の雰囲気なのか、戦いの目的を繰り返し言われたことによるのか、何かの引き金が引かれた時の破壊が凄まじい。

イスラム国関係者やロシア兵の様子を取材し、世界でのいろんな戦争を考えると、人間が残虐になるのはすごく簡単なことなのだなという気がしてくる。

今、「文明人」ぶっていたとしても、人間の長い歴史を考えればつい数十年前まで、というか今でも「残虐」とされることは起きている。

食べ物がこびりついて固まったフォークを見ながらそんなことを考える。

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ウクライナの「戦場」を歩く

ロシアによる侵攻で「戦地」と化したウクライナでは何が起こっているのか。 人々はどう暮らし、何を感じ、そしていかなることを訴えているのか。 気鋭のジャーナリストによる現地ルポ。

プロフィール

伊藤めぐみ

1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。同作により第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程への留学経験がある。

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