ウクライナの「戦場」を歩く 第4回

フィクサー・アンドリの覚悟

伊藤めぐみ

■パソコン修理業者から兵士へ

「地域防衛隊を取材したいのだったら僕の友人がいるよ」

そう言って、アンドリはユーリ・レベッドさん(32歳)を紹介してくれた。

以前も少し説明したが、「地域防衛隊」とはロシア軍の侵攻が懸念された時期、志願する民間人から新たに構成されるようになった軍事部隊だ。正規軍の兵士を補助するのが主な役割だが、彼らも武器を持って任務にあたる。

久しぶりの再会に2人は抱き合って喜んでいた。

ユーリ・レベッドさん。4月11日の八尋伸・撮影動画より

ユーリさんは、もともとはパソコンを修理するエンジニア。入隊にあたっていくつかのトレーニングを受けてはいるものの、体はほっそりとしていて、ごつい正規軍の兵士と比べればヘルメットもどこか浮いて見えた。

不審者を取り締まる検問でウクライナ軍を補佐する任務についているという。

「危険な目にあったことはありますか?」

尋ねるとユーリさんはこう答えた。

「ロシア軍のドローンが偵察に来て、その後、砲撃が始まったことがありました。僕らは隠れました。発砲もされた。ウクライナ軍が反撃していました。パンパンパンって、発砲音が一日中していた」

「それであなたはどうしたんですか?」

「ただ隠れただけです」

彼の目が潤んだのがわかった。言葉を続けられないユーリさんに代わって、アンドリが「地面にうつ伏せてマシンガンを持ってその場所を守るんだよ」と付け足して説明してくれた。

ユーリさんは数ヶ月前までは自分がこんな恐怖を味わうなんて思ってもいなかったはず。アンドリのような映像関係の人たちを相手にパソコン修理の仕事をしていたのに、それが今では武器を持ち、砲撃の音が聞こえれば身を伏せる生活。いつも恐怖に迫られ、でも自分を前に駆り立てなければ遂行できない任務についている。

ブチャの虐殺についても尋ねた。ブチャでは、地域防衛隊のメンバーも多く殺されたと報道されていた。

「たくさんの人が殺されたんだ。彼らは武器も持っていて軍人のように見えるけど、もともとは市民だったんだ。でもロシアが殺したんだ」

「ごめんなさい」と言って、彼はスカーフで抑えきれない感情を隠そうとした。彼と同じような普通の市民だったのに、殺された人たちがいるのだ。殺されたのは自分だったのかもしれないとも思うのだろう。

何人かの男性に話を聞いたが、ウクライナでは基本的には「地域防衛隊に志願させる圧力」はないという。侵攻が始まった初期の頃は、兵士は足りていたし、能力がなければできることも限られているので募集を止めていたほどだ。

そんな彼らにも前線で戦う兵士たちへの負い目はある。特に男たちは「それぞれができることをする」と言いながらも、「なぜ自分は兵士にならなかったのか」を考える。

アンドリ自身は兵士にはならなかったが、友人であり兵士になったユーリさんのインタビューをすることになった時にはとても嬉しそうにしていた。

どんな決断をしても人は苦しむ。

あるウクライナ人のサイコロジスト(臨床心理士)が教えてくれた。

「国を去った人は逃げたことへの罪悪感に苦しみ、残った人は恐怖に苦しむ」

残った人は恐怖に苦しむが、まだ自分は耐えてここに留まっているという意味を感じさせてくれる。

しかし、その後、残ったウクライナで何をするかでまた悩む。

アンドリは国を去ることはなかった(できなかった)が、一度はキーウを去ったことへの罪悪感はあったのだろう。

キーウに戻って、外国人ジャーナリストと働くことはアンドリにとっては新たな使命だったに違いない。

フィクサーとして地域防衛隊になった友人の取材を実現させたアンドリ。任務につき続けるユーリさん。2人は固く抱擁を交わして別れた。

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ウクライナの「戦場」を歩く

ロシアによる侵攻で「戦地」と化したウクライナでは何が起こっているのか。 人々はどう暮らし、何を感じ、そしていかなることを訴えているのか。 気鋭のジャーナリストによる現地ルポ。

プロフィール

伊藤めぐみ

1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。同作により第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程への留学経験がある。

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