ウクライナの「戦場」を歩く 第4回

フィクサー・アンドリの覚悟

伊藤めぐみ

■できるフィクサーの弱みと強み

できるフィクサーにも弱みがあった。

安全を心配する妻に対してアンドリは、

「細かいことは秘密にしている。危ないところには行かないし、ナイスな日本人たちと安全に過ごしているって言ってあるよ」

と苦笑いしていた。

ただあまりにも日々目まぐるしすぎて、妻には秘密にしている取材についても、SNSに投稿してしまうことがあった。

「あの写真は大丈夫?」

と聞くと、一瞬の沈黙ののちに言った。

「……僕がアップするのは夜の9時とかだし、マイ・ワイフは息子にご飯を食べさせたり、シャワーを浴びたり忙しいから見てないと思う」

とボソボソと言う。私が夫を心配する妻なら、たとえ夜中の2時でも3時でも名前を検索して絶対に見る。「妻の嗅覚をなめるなよ」と思ったが(妻になったことはないが)、アンドリが不憫になったので黙っておいた。

案の定、妻は全部知っているようだった。

「あなたがどこにいるか聞くのが怖かった」

と言っていたそうだ。それでも数日後、アンドリは、

「家族は僕のこの仕事を応援してくれているんだ。力になるんだ」

と教えてくれた。彼女は「行かないで」と言いたくなるのを我慢して、心配と敬意のある言葉をかけているのだろう。遠く離れた家族がお互いを気遣いながら励まし、支えになっている。

取材中はいつも明るく振舞うアンドリだが、それでも、ふとこぼすこともあった。

「みんなと一緒に取材している時はいいんだ。でも家に帰って1人になると、もっと他に取材のためにできたことがあったんじゃないかと考えて落ち込んでしまう。

でも、ジャーナリストたちが何を求めているのか僕なりに観察して、何が必要か考えて提案しているんだよ。日本人がウクライナのことで何を疑問に思って、知りたいと思うのかとかね」

フィクサーという方法を通して、彼はこの戦争を戦っているようだった。

取材ばかりでまともな彼の写真がないのだが、たまたまレンズの汚れを教えてくれたところを4月27日に筆者が撮影
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ウクライナの「戦場」を歩く

ロシアによる侵攻で「戦地」と化したウクライナでは何が起こっているのか。 人々はどう暮らし、何を感じ、そしていかなることを訴えているのか。 気鋭のジャーナリストによる現地ルポ。

プロフィール

伊藤めぐみ

1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。同作により第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程への留学経験がある。

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