2022年2月下旬、ロシアによる突然の侵攻によって「戦地」と化したウクライナ。そこでは人々はどのように暮らし、いかなることを感じ、そして何を訴えているのか。日々のニュース報道などではなかなか窺い知ることができない、戦争のリアルとは。
気鋭のジャーナリストが描き出す、いま必読の現地ルポ・第5回。
■簡単に歴史をおさらい
この戦争はそもそも一体何なのか。
いろんな専門家がわかりやすい解説をしてくれているので、それを繰り返す野暮なことはしないが(*1)、私がここで考えてみたいのは「言語」の問題だ。言語が戦争の直接の原因ではないが、理由づけに利用されている側面はあった。
(*1)ロシア側の言う侵攻の理由は下記のようなものだとされる。1)ウクライナのNATO加盟阻止【→しかし、実際にはNATO加盟は差し迫った問題ではなかった】2)ウクライナの「非ナチ化」【→しかし、ゼレンスキー大統領自身がユダヤ人なので、これも無理がある。またネオナチを自称する政治団体は存在するが、支持率はかなり低く、今日のウクライナ議会ではゼロ】3)ドンバス地方におけるジェノサイド【→確かに武力衝突が起こり、ウクライナ政府側、武装勢力側の双方で死者は出ているが、特定の民族を殲滅する大量虐殺が起きているという報告はない】4)ウクライナによるミンスク合意の「不履行」【→ロシアが先に「人民共和国」の独立承認をしており、ウクライナが履行していたか否か以前にロシアが合意を事実上、破棄している】(倉井高志『世界と日本を目覚めさせたウクライナの「覚悟」』、PHP研究所)
ロシア側の言い分の一つは、
「ウクライナ政府によって虐げられているウクライナ東部のロシア語話者を救うため」だ。
ものすごく大まかにいうと、西部ではウクライナ語を話す人が多く、東部・南部ではロシア語を話す人が多い。中部の首都キーウは、現在ではウクライナ語の方が強いが、ロシア語を使う人もいる。
ただ言語問題はややこしい。
フィクサーのアンドリはキーウ出身のキーウっ子。ウクライナ語が母語だが、ロシア語も使いこなす。アンドリの妻のお母さんはロシア系であるなど、ロシア系も身近な存在なのだ。アンドリに言語について聞くと、
「別にロシア語で話す人がいてもなんとも思わないよ」
とあっけらかんと答えた。
簡単に「ロシア語陣営」と「ウクライナ語陣営」と二分することはできないし、両者がいがみ合っているという話でもない。言語は共存しているのだ(*2)。
(*2)付け加えておきたいのは、「ロシア語話者=ロシア系民族」ではなく、「=親露派」でもないということだ。民族的にはロシア系だがウクライナ語を好んで話す人もいるし、その逆の人もいる。このあたりの事情は『ウクライナ・ファンブック』(平野高志、合同会社パブリブ)に詳しい。また両親のルーツが違う人も多い。
ただし、内心には複雑な思いもあるようだった。彼はこう続けた。
「でもね、ウクライナ語のほうがロシア語より綺麗なんだよ!」
私からすると、「何を基準に?」と言いたくなるような、そんなロシア語への特別な感情はあるのだ。
ロシアによる侵攻で「戦地」と化したウクライナでは何が起こっているのか。 人々はどう暮らし、何を感じ、そしていかなることを訴えているのか。 気鋭のジャーナリストによる現地ルポ。
プロフィール
1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。同作により第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程への留学経験がある。