ウクライナの「戦場」を歩く 第5回

言語から見るウクライナの歴史

伊藤めぐみ

■行くべきか行かざるべきか

さあここで問題だ。

私は、ロシア文化の影響が強いと言われているキーウより東の地域への関心があった。

ウクライナ語を日常的に使い、今回のロシアによる侵攻に抵抗している人たちの考えはまだ想像できる。

しかし、わからないのは、日常的にロシア語を使い、ロシア政府の情報にも触れる機会が多い人たちだ。彼らは今この現状をどう見ているのか。ロシアの報道を信じロシア政府に助けてほしいと思っているのか、それともロシアの侵攻に怒っているのか。

ロシアの情報戦やフェイクニュースと書いたが、どこまでそれがフェイクであり、またそうでないかを自分の目で見てみたい。

しかし、同時にそれは戦闘が激しい東側に行くことを意味する。

たとえば北東部の街ハルキウ(*10)。ロシア軍はウクライナの首都キーウ近郊から撤退後も、ハルキウでは4月中旬以降も攻撃を強めていた。

(*10)ロシアの侵攻開始直後に、ハルキウの巨大な州政府庁舎にミサイルが撃ち込まれた瞬間の映像は、日本のテレビでもなんども報道されたので覚えている人も多いだろう。
https://www.bbc.com/japanese/video-60571946

そんな街に私なぞが取材に行けるのか。ハルキウではほぼ毎日、砲撃があると報道されていた。

私がこれまで訪れたブチャなどの街での取材は、ロシア軍がすでに撤退した後だった。地雷に気をつける必要はあったが、急に砲撃されることはなかった。

八尋さんは最初から行く覚悟で来ていた。

「けっこう海外のジャーナリストも入っていますけどね」

それに対して、愛する「マイ・ワイフ」と目に入れても痛くない息子のいるアンドリは曖昧な言い方をした。

「危なくなかったら行きたいとは思うけど……」

いや、私だって危なくなかったら行く。問題は「危ない」をどの程度のものとして考えるかだ。

じゃあそもそもウクライナに行くなよという話だが、準備したり、予想したりできる種類の危険はまだ私は乗り越えられる余地がある気がするのだ。しかし、突然、空から落ちてくる砲撃には準備のしようがない。というか私は大きな音が嫌いなのだ。というと身も蓋もないが……。

本当に安全を考えるのなら、そもそも戦地以前に、日頃から交通事故にあわないために家から出ないほうがいいことになる。でも、家にいたって地震の被害にあうかもしれないし、火事に巻き込まれるかもしれない。

結局のところ、行くべき理由があるから出かけるのだ。

私は、ウクライナ第2の都市で、ロシア文化の影響も強いと言われるハルキウがどうなっているのか見たかった。砲撃が続いている中、逃れずに街に残る人たちのことも、彼らが何を考えているかも知りたかった。

それに私1人でウクライナを回っていたら、おそらくハルキウまで行くという発想も度胸もなかっただろう。こまめに最新の戦況をチェックする八尋さん、そして頼りになるアンドリとせっかく行動を共にしているのだ。誰かと取材を一緒にすることのメリットを活用せねば。

いろいろと情報収集をし、ひとまずはキーウから車で5時間ほどのポルタバという街に行くことにした。ハルキウからは南西へ140キロの位置にあり、治安も安定しているというので、そこに入った上で様子を見ることにしたのだ。

行くか行かないかはそこで各自が判断することになった。

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ウクライナの「戦場」を歩く

ロシアによる侵攻で「戦地」と化したウクライナでは何が起こっているのか。 人々はどう暮らし、何を感じ、そしていかなることを訴えているのか。 気鋭のジャーナリストによる現地ルポ。

プロフィール

伊藤めぐみ

1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。同作により第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程への留学経験がある。

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